赤いれんがと緑の木々

 「至る所でうっそうと茂る緑の中から赤れんがが顔をのぞかせ、三方を海に囲まれたこの町は天に恵まれた場所のようだ」。これは、中国の著名な文学者である梁実秋の青島に対する第一印象だ。このような代表的な風景を楽しむのに、「八大関」は格好の場所だと言える。八大関観光エリアは山を背に海に面し、草木が生い茂っている。最初の建物である花石楼は、1906年にドイツ総督の夏の狩猟旅行の際の別荘として建てられた。エリア内には欧州式の古典的なスタイルの建物が点在しており、大半が1930年代に建てられたもので、一部はドイツ統治時代に建てられたものであるため、ここは別名「万国建築物の博物館」とも呼ばれている。


 青島に来た梁実秋は、小魚山の麓に沿って作られた小道、魚山路沿いの「魚山路4号」に住んでいた。青島の美しい風景と快適な気候は彼の心に深く刻まれ、青島で過ごした4年間は最も幸せで充実した時間だったと振り返る。

 『辺城』などの名作を残した著名作家・沈従文は、青島滞在中に40部以上という驚くべき数の作品を発表した。沈従文はかつて、「(この2年間は)私の人生の中で最もエネルギッシュで、文章も成熟していた時期でした」と青島での日々を語った。彼は毎日、福山路を下って八大関にあるロシア公爵の別荘まで行き、そこからまた歩いて家まで帰った。これは散歩の時間であると同時に、文章の構成を練る時間でもあった。

 日本に10年近く滞在し、感傷的な文体で知られた著名作家・郁逹夫は、青島滞在中に10編以上のエッセイや詩を創作している。彼は青島の海水浴場を「東アジアの海辺の景勝地で青島に匹敵するところはないのではないだろうか。日本の海岸にももちろん良いところはある。例えば、明石から須磨までの一帯なんかは景色がきれいだが、青島のような小さな浅瀬が少なく、海岸線も青島のようにはくねくねしてはいない」と書いている。


 海水浴は青島の夏風の風物詩だ。八大関から海岸線沿いを東に向かって車を走らせ、五四広場とオリンピックセーリングセンターを順番に通り過ぎていくと、約40分で石老人海水浴場に到着する。ここは青島最大級の海水浴場の一つで、左端の浅瀬に「石老人」と呼ばれる巨大な石が立っていることから名付けられた。ここは水が透き通って砂も細かく、ビーチが緩やかな傾斜になっているため、海の涼しさを間近に感じることができる。