日本古典の力

白文娜 北京第二外国語学院

 

 

 今年、先生のおかげで、『万葉集』、『竹取物語』、『枕草子』、『奥の細道』など古典文学の名作の原文を読み始めた。私から遠く離れた日本古代の文学世界に入り、想像力に満ちた偉大な時代に出会った。原文を読めば読むほど、古典の不思議な力を感じた。例えば、気に入った『枕草子』に触れ、鮮烈な印象を受けると、その感動は色褪せることなく余韻を残した。

 前に、『枕草子』についての認識は清少納言の才能に集中していた。今回、原文をじっくりと味わった時、中宮定子のことに注目し始めた。そこで、私に深い印象を残した『枕草子』の二七八段「雪のいと高う降りたるを」について考えてみたい。この章段は「香炉峰の雪」として知られている。このエピソードが生まれた背景は雪が非常に高く降り積もっていたが、いつもと違って、格子を下ろし、炭びつに火をつけ、皆でおしゃべりをしていた時である。この時、定子が「少納言よ、香炉峰の雪はどんな様子かしら」と尋ねた。清少納言は定子さまの気持ちを察して、白居易の漢詩「遺愛寺鐘欹枕聽、香爐峰雪撥簾看」をしぐさで示したのであって、素晴らしい対応で返した。

 これは清少納言が機知に富む女房であることを表現したエピソードとして名高いが、角度を変えて考えれば、この場面を見て、即座に「香炉峰の雪はどんな様子かしら」と聞いた定子さまは漢文学の教養が清少納言に決して劣らないと言える。学者の家に生まれ、幼いころから英才教育を受け、優れた和歌の才能と豊かな漢詩文の知識を持っている清少納言のことが大いに気に入っている定子さまは如何なる人物なのか、興味を持ちながら、『枕草子』を読んだだけでなく、作品の登場人物も調べてみた。例えば、定子の父親の道隆は「猿楽言」を好み、酒を嗜むし、おおらかで明るい風雅人であること、定子の母は円融朝に掌侍を務め、高内侍と称された人で、女ながらに漢文を能くする才媛でもあること、いろいろなことを知るようになった。さらには、その時代の歴史や文化にも興味を感じた。だから、古典を読むことは日本の古代文学を学ぶだけではなく、日本の歴史や文化を知るのにも役に立つだろう。

 この作品を読み終わった後で、定子と清少納言の相互信頼の仲に感動させられた。とりわけ二七八段の「雪のいと高う降りたるを」である。なぜというと、定子が、「香炉峰の雪はどんな様子かしら」と聞く前に、わざわざ「少納言よ」と注意して清少納言を指名して答えさせた。その時、定子は必ず清少納言がこちらの気持ちを察して、自分を満足させるような答えをしてくれることを信じているからこそ、問題を出したのだった。最後に、中宮はその打てば響くというように会心の微笑みを漏らした。問う中宮と答える納言と、両者の呼吸はぴたりと一致した感がある。ここから互いに信頼しあう二人の関係に感動せずにはいられない。

 ここまで読んでくると、思い出したことがある。ある日、友人と一緒に寮に帰った途中で、「長生不死」ということが話題になった。私は思わず「この世界で長生不死の薬があるもんか」と言った。友人はすぐさま「きっと富士山の山頂にあるだろう」と答えてくれた。その時、彼女が疑いもなくそう答えてくれることを信じていたかもしれない。『竹取物語』を勉強した時、友人はその冗談を言ったことがあるからである。案の定、彼女は思わず「きっと富士山の山頂にある」と口をついて出た。私たちは顔を見合わせて笑った。その時、ほんとに「あなたに出会えて本当によかった」と言いたかった。千年前、定子と納言はお互いに会えることが嬉しく思われてならないのではないなかろうか。その時、私と友人の暗黙の理解が定子と納言のこの場合と見事に重なっているのではなかろうと。

 清少納言は『枕草子』を書いた時、これが日本の古典として後世に残ろうという野心は全くなかったかもしれない。しかし、この作品は人々に与えた感動は時代がどんなに激変しようと、社会体制がどう変わろうとも、幾世代を通じて変わることなく続いてきているのである。あるいは、古典は時間によって、聖化されるのではなく、むしろ時間を超えて改めて読み直し、現代人との対話である。この対話は有効に行われるならば、いろいろの意味で我々の精神を豊かにするのに役立つに違いあるまい。これこそ日本古典文学が私に与えた影響だと思う。また、日本の読者が感動したように、中国の読者も感動するだろう。従って、日本古典は日本のものであると共に世界のものでもある。日本の古典文学は、「雪のいと高う降りたるを」のような千年の歳月が経っても色褪せることのない感動は日本古典の力であると思う。

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