ネットカフェ難民

倪菁菁 華東師範大学

 

 

 言語を学ぶ一番いい方法は何だろうか。大学で専門の日本語をゼロから学び始めた時

に一度考えたことがある。それは日本に行って生活することに違いない。自然と話したり聞いたりする機会が多くなるからだ。しかし、私はこれまで一度も日本に行ったことがない。

ある時、大学の聴解授業で先生が「72時間」という日本のドキュメンタリーを見せてくださった。それをきっかけに、私は日本のドキュメンタリーにはまった。部屋で気楽に日本語を勉強する方法である。内容もドラマや小説と違って虚構ではない。ドキュメンタリーには生き生きとした生の日本が映っている。私の価値観も変わるかもしれない。72時間のシリーズだけではなく、日本風土記などいろいろなものをネットで探しては見ていた。

ある日いつも通りドキュメンタリーを探していた時、再生回数が多い「ネットカフェ難民」と題するものを見つけた。「ネットカフェ」は知っているが「ネットカフェ難民」って何だろう。私は興味を感じ見始めた。

画面にネットカフェの看板が映る。「格安!長期利用コース」という一行を見て、「ネットカフェを長期利用する人がいるのか」と思った。カメラが中に入ると個室のドアがたくさん並んでる。ドアの横にはスリッパがある。私は「長期利用者」という表示を思い出し、中はどうなっているのか想像しながら見続けた。個室の中が映った時、私は驚いた。中は思ったよりずっと狭くて暗い。あるのはパソコンが乗っている机と椅子だけだ。画面に若い男性の長期利用者が映る。「一番最初の夜には、やはり体が休まらなかったですね。」と答えている。

それを見て、ネットカフェへの印象が一変した。私にとってネットカフェのイメージはゲームしたり映画を見たりする場所だった。一泊ならまだ我慢できるが、一畳程の息苦しい環境に一人で何日も泊まるのはどうしても想像しがたいのだ。

男性は建築現場の非正規雇用者の警備員で給料が少ない。部屋を借りるお金がないからここに泊まると答えている。もう一人の中年の男性は前の仕事が家に帰る時間もないくらい残業が多かった。上司からのパワハラにも耐えられず、仕事をやめて四か月もここに泊まっているという。

私はなんだか気持ちが重苦しくならずにはいられなかった。生活がうまくいかない彼らへの同情の気持ちがないわけではないが、非正規雇用だから給料が少ないとか、残業でストレスがたまるとか、愚痴ばかりを言って全てを社会のせいにする彼らを見て、なんだかやるせなかった。彼らにとって、今一番大事なのはこの息苦しい場所を早く離れて、よりよいところに住むことなのではないか。でも残念なことに、このドキュメンタリーでは現状を改善しようという意欲が伝わってこなかったのだ。

私は、この問題に興味を持ち、日本人の教師にネットカフェに関するドキュメンタリー「クローズアップ現代ネットカフェ難民」という番組を紹介していただいた。そして、彼らがネットカフェ難民になった理由を知った。

 ある若い男性の話だ。就職氷河期の中、正社員の仕事が見つからずに否応なく派遣社員になったという。しかし、仕事は途切れがちで、月収は多い時でも15万円ほどだ。アパートを借りる資金が貯まるまで、ネットカフェに泊まることにした。しかしいくら一生懸命に頑張っても仕事は途切れがちでお金は貯まらない。4年経っても彼は依然として部屋を借りられずにネットカフェで過ごしているという。

 ネットカフェ難民には現状を改善しようという気持ちがないというわけではなかった。生きていくためにギリギリなお金と不安定な毎日で、新しいアパートを借りるのも難しく、家族や友達にも頼れないとしたら、無気力になってしまう人がいても不思議ではない。その瞬間、彼らの気持ちが分かるような気がして、さっきまでのネットカフェ難民のネガティブな生活態度に対する歯がゆい気持ちが消えていった。

 その代わりに、画面に映った自分の歳と同じぐらいの男性が辛い生活と必死に戦っているのを見て、世間知らずの自分は本当に情けないと思った。これまで私は誰しも20代は人生の中で一番輝かしい、未来への期待にあふれた時期だと、そう思い込んでいた。大学にいる私はいつも自分が見ている世界が社会のすべでだと錯覚していたのだ。

 しかし、ドキュメンタリーを通して今まで知らなかった社会の側面を知り、これまでの考えが変わった。それは「幸い」なことだったと思う。私は当たり前だと思った今の生活をもっと大切にしたくなった。

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