本を味わい日本を知る

        王一涵(東北電力大学

 

 

バブル崩壊後の不景気の中、ある青年は企画書を作った後の暇に一冊の小説を書いた。やがて、この小説は文豪とでも言える小説家のデビュー作となった。小説の名は『姑獲鳥の夏』、『京極堂シリーズ』の第一弾である。その本は私最初に接触した京極夏彦の作品であり、シリズの中で一番の愛読書である。京極夏彦は才気縦横で博識な作者だ。その小説にある「憑き物落し」は読むと同時に自分で推理することが醍醐味である。装飾部分やサブストーリーに様々な伝承、オカルティズムなどをふんだんに用いながらも骨格は倫理的な謎解き徹しているため、狭義の推理小説の正道を歩むと同時に、作者いわくの「妖怪小説」とも呼び得るという、特異なシリーズとなっている

『京極堂シリズ』は戦後を背景とした物語を描いている。時は昭和三十年前後、それは科学と非科学、進歩と世俗が絡まった時代だ。何もかも定かではなく、人心はあやふやで不安定だった。そんな社会環境故に、妖怪は深く人の心に根ざすことができた。「妖怪」は何かのオカルトでなく、日本における特定的な事件、感情の表現であり、心そのものでもある。心理的な失調は必ず妖怪を産む。彼の小説の表は妖怪と関わった怪異な事件を描いてあるが、その裏は人性を巡って探求している。彼の作品の中、人心は推し量られる存在である。主人公による事件の真相に対する種明かしは推理というより、サイコアナリシスに近い。例えば、夫の密室失踪は妻が夫を殺したこと故に負け目を感じ、屍体を見てみぬふりをした、自らを欺くような仮想現実を構築したトリック。事件の仕掛けは大概そうだ、簡潔明瞭。そして、人が犯罪を犯す動機もまた不思議ではない。ならば、一体何が事件をそこまで複雑に化すのか。答えは動機の形作りだ。倫理·宗教·風習·科学·欲求、様々な原因が偶然的、蓋然的、必然的に束ねられて、やがて、事件が起こる。

物語の大半は事件と無関係のように見えるサブストーリーでだが、述べると同時に難しい知識を中に織り込む。特に、仏教·基督教·回教·儒教·道教·陰陽道·修験道といった各国各地の宗教や習俗·口碑伝承の類の知識、また、医学·病理学·心理学·量子力学などの知識も書いている。作者が読者に与えたのは手がかりではなく、人物の人間関係·育ち·社会環境·信仰·流派·家系·遭遇などの情報である。すべてのパズルが揃った時、真相は一目瞭然になる。その人物の思考回路も推し量られる、そこに自分を置き換えば分かる、彼の行為は彼の中の「理」に適っており、決して不条理的ではない。例えば、少女が生きてまま手足切られ匣に詰め込まれる。しかし、事件の黒幕とでも言える人物は存在せず、偶然の積み重ねのような出来事が次々と起きただけである。作者は群像を描いて、それぞれのインセンティブ推して、事件がバタフライ効果に乗せたように悪化した。内心では、誰もが自分こそ主役だと思い、頭の中で自分なりの物語を展開しているそしてそこから事態の発展に加担した。

京極の小説新本格に属するが、その中でも異類だ。本格·新本格のトリックは唯物主義のトリックでなければならない。無論、京極の唯心主義のトリックは許さぬだろう。しかし、アリバイと密室殺人が立て続けに起こる洋館と機関があるのなら、人に殺人を繰り返される宗教の風習も、仮想現実によって構築された密室失踪も、通り魔のよう突然人に憑いた殺意から生み出された無計画犯罪もあり得るだろう。

小説の中の女性はか弱い存在でなく、繊細な体の中に秘めたのは自らを燃え尽くすような欲求だ。彼女たちは姑獲鳥のように子を奪い去る、絡新婦のように人を狩る。その執念深さ·強さ·悲しさは私の心を打った。

『京極堂シリズ』は旧懐ながら新奇、華美ながら不気味、冗長ながら鋭利。京極の小説では、怪奇現象が実は人為的トリックであり、古典的怪談に合理的解釈が提示されたりするものが多い。人物の性格は鮮やかで、対話も真実味が感じられる、立場もはっきりしている。小説を読むと臨場感あふれる論弁を見ているような生々しい表現を楽しむことができる。小説の中に混じっていた戦後日本の社会状況·経済状況·人々の心理状況の描写は私にとって目新しいものだ。小説の中に書いてあった歴史·文化·宗教·風習などといった各分野に関する知識は私に日本への興味を高め、理解を深めた。作者は小説のあちこちに晦渋な知識が詰め込まれていて、その知識はやがて真実へ辿り着くための手がかりとなる。彼は読者を手玉に取ったが、結末は一気に曇りを払うのだ。全ての謎が澄み切った、全ての者が心魔から解き放たれ、全ての偶然が積み重ねて必然となる。その一瞬の解放感こそ『京極堂シリズ』の魅力である。私は心底主人公の言葉に賛同する、「この世にはね、不思議の事など何一つないだよ。」

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