言葉の中の「思いやり」

米純億 (上海理工大学)

 

 

以前から私は、日本は「思いやり」の国だと思ってきた。ドラマ『日本人の知らない日本語』を見たとき、私は日本語そのものがそうした文化の影響を受けて成り立っている、と感じた。2010年に放送されたこのドラマは、元カリスマ店員のハルコという主人公が、高校時代の恩師の依頼で日本語学校の教師を務めることになり、日本語教育や異文化交流に四苦八苦するという設定である。彼女の教える生徒は、それぞれ違う国から日本語学校に入学してきた外国人留学生であった。ハルコ先生は異なった文化的背景を持つ学生から日本語や日本での生活に関するさまざまな質問を受け、しばしば答えに窮してしまう。それでも親切なハルコ先生は、質問を受けるたびに生徒の立場を思いやり、彼女らしく奮闘を続けるのである。

このドラマの中で、ファミレスでバイトしている「ダイアナ」というロシア人留学生が、バイト先の日本人同僚の言葉遣いを不思議に思うエピソードがあった。同僚は客に対して、「お食べください」「四川風麻婆豆腐になります」「お飲み物はよろしかったですか」など、いわゆるバイト敬語を使っていた。もちろんこれらは「お召し上がりください」「四川風麻婆豆腐でございます」「お飲み物はよろしいですか」と言うのが正しい。ダイアナは「なぜこんな間違った敬語をつかうの?」と戸惑っていた。そこで彼女のためにハルコ先生はいろいろと調べた後、彼女にこういう風に語りかけた(ただし記憶に基づくので正確な再現ではない)。「これは、お客様に喜んでもらいたい気持ちから来るものなの。つまりお客様を思いやり過ぎて、こうなっちゃうんだと思うわ。」つまりバイト敬語は、日本語の正しい表現とは言えないに違いないが、現実の日本語会話において、むしろ思いやりのこもった丁寧な表現として受容されているようなのである。

日本語の思いやり表現の一つとして「させてもらう」または「させていただく」が挙げられる。文字通りには「相手から許可を得る」という意味合いがあり、特に後者はビジネスの場で多く使われる表現である。たとえば「私は先輩のパソコンを使わせていただきました」という文には、「私が先輩のパソコンを使ったこと」という事実の表明に加えて、「先輩に対する私の感謝の気持ち」というニュアンスも込められている。すでに先輩がパソコンを使っていいと言ってくれた以上、別に改めて相手の許可を得る必要はない。しかしこういう場合の「させてもらう」は、相手に感謝の意を伝えることで人間関係をなめらかにしよう、という思いやりの込められた配慮表現である。こうした表現を使うことで、お世話になった人々へこちらの気持ちが伝わり、人間関係がよりスムーズになるわけである。

ところで去年、いくつかイヤなことが続いて、「何だかついてないなあ」と感じていた。そこで気分転換も兼ね、私は思い切って日本へ旅行をすることにした。日本にいる間、主に東京に滞在し、日本人の友達にお世話になった。その友達は、私の運気を好転させるため、浅草寺へおみくじを引きに行ったらどうか、と勧めてくれた。私は友達の思いやりに感謝し、そのやり方で本当に運の流れが変わるかもしれないと考えて、浅草へ向かった。

多くの観光客でにぎわう浅草寺にお参りし、その場で引いたおみくじには「中吉」と書いてあった。そして「信じれば必ずできる」というメッセージも添えられていた。それを読んだ瞬間、私は浅草寺の仏様の思いやりに触れたような気がして、とても暖かい気持ちになった。そして、これからは頑張ろう、そうすれば運気も自然と好転する、と思えるようになった。東京の街中では、中国語を含む外国語で書かれた看板や案内をたくさん見た。これらもまた外国人観光客のための日本人の思いやりなのであろう。私は、ドラマの中でハルコ先生が異文化交流に奮闘している姿を思い出し、ふと微笑ましくなった。

思いやりのある言葉には、話し手が相手の立場に立ち、その身になって話す姿勢が映し出される。この点は中国語も例外でない。ある休みの日、私が街角の洋服屋さんに入ったところ、男と店員が会話していた。その男はポスレジで支払おうとしていたが、どうしてもうまく支払いができないようだった。それは男のカードの中に十分な金額が入っていないからに違いなかった。顔を赤くして困っている彼を見て、その店員は「この機械は壊れているようでございます、商品はお預かりしますので、明日また店にいらしていただけませんか?」と(もちろん中国語で)言った。それでその男は特に気を悪くすることもなく、帰って行った。なんと思いやりある表現だろう、と私はその店員に脱帽した。日本語でも中国語でも、こうした思いやりのある言葉とは、本当にすばらしい社会の潤滑油である。

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