「縁の下の力持ち」に「ありがとう」

福州大学外国語学院19級 鍾涵涵

 

杜甫の詩にこうある。「随风潜入夜,润物细无声」。「夜に風がそっと吹き、しとしとと降る小雨が草花を潤す」という意味だ。私にとって見慣れた詩だが、ふとこの詩中にある「草花を潤す小雨」が気になり、思いを巡らせてしまったことがある。

ある朝、英語学科の友達・林さんから電話があった。「朝食はいる?今食堂にいるから…」。私は寝ぼけたまま、「ああ…いいよ、パンがあるから」と適当に答え、また寝てしまった。コロナ禍で寮は隔離され、食事は特定の学生が届けてくれている。私は林さんが寮全体の食事担当かと思っていたので、その時は何も気にしなかった。

だが後に知ったことだが、林さんは食事担当ではなく、ただ私を気遣って電話をかけてきてくれただけだった。なので「気遣ってくれた林さんに、どうして「ありがとう」って言わなかったんだろう」と自分を責め、後悔の念で一杯になった。そして、こう考えたのだ。「そういえば、普段支えてくれている人に、私は感謝の言葉をちゃんと伝えているだろうか」と。

そんな時、日本の法廷ドラマ『リーガル・ハイ』に出会った。登場人物1人「服部さん」は、弁護士の古美門研介と黛真知子が暮らす家の、家事全般を担当するおじさんだ。法廷での戦い疲れた古美門と真知子を料理でそっと癒し、2人が言い争った時には、その仲介役をすすんで買って出る。そんな服部さんは、ドラマでは決して目立たないが、主人公2人を陰から献身的に支える存在として描かれている。

私はこの服部さんに、林さんの姿をふと重ねてしまった。思い返せば、2年生の時、気が弱く、内向的だった私を、放課後のテニスの練習に誘ってくれたのは林さんだった。また、ボランティアやイベントに誘ってくれたのも林さんだ。そのおかげで、私は明るく、社交的な性格になれたのだ。しかし、そんな林さんの「献身」や「支え」を、私はいつの間にか、当たり前のように受け取ってしまっていた。

「たわいもない取りえでございます」と服部さんは言う。しかし、服部さんなくして、2人の活躍はないのと同様に、林さんなくして、今の私の生活はない。これは「しとしと降る小雨」がないと、「草花」が育たないことと同じだ。そう、服部さん、林さん、そして杜甫が詠う小雨は、目立たない形で相手を支える、まさに「隠れた神人」、日本語で言う「縁の下の力持ち」なのだ。「教室の清掃員」「出前の配達員」「食堂のおばあさん」。こうした人々も、私たちの生活を陰で支える「縁の下の力持ち」だ。しかし、彼らの献身を当たり前と思い、感謝の言葉もかけなくなる。それは、本当に恥ずかしいことだろう。

私たちの生活を支える「縁の下の力持ち」に気づき、「ありがとう」と言うこと。私たちの良好な人間関係は、まさにこの一言から始まる。だから、この文章が書き終わったら、まず林さんに、心の底からお礼を言うことにしよう。

「いつも支えてくれて、ありがとう」と。

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