『枕草子』との再会

上海海洋大学

 

長い夏のほてった空気を夕立が流し去り、涼しく湿った夜が訪れた。澄み切った夜空の下にはキラキラと光る蛍が飛び違っており、しっとりとした風に乗った草や葉の匂いが、私の鼻にくぐりこんできた。 

その時、ふと、想いに浮かんできたのは昔読んだ『枕草子』の冒頭だった。「夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。」それは千年前の日本の平安時代に書かれた随筆だが、今それを口ずさむと、特別な魅力が感じられる。 

『枕草子』には宮廷生活を顧みる日記もあるし、自然を観察する随想と類聚文もある。日記にせよ、随想にせよ、その裏には人間と自然の調和が潜んでいる。それは私が特別に魅力を感じるところ。春、盛んに咲いた桜の梢を折って、花瓶にさす。夏の節句、唐衣に菖蒲をつける。秋の夕暮れ、夕日を浴びて真っ赤なもみじを観賞する。冬の朝、后とともに香炉峰の雪を眺めるごとく外の雪を眺める。それは『枕草子』から読み取れる清少納言の「をかし」な生活だが、その中に含まれている四季の移り変わりに応じるライフスタイルの変化、自然への観察、自然とともに生きる理念は社会に大きな影響を与えており、人々の心に根を下ろして、暦法、詩歌、服の柄模様という形で、すっかり人々の日常生活隅々にまで溶け込んでいる。 

人間と自然の調和と言えば、ある出来事を思い出した。それは2019年に仙台市南三陸町での見学の時のことだ。南三陸は海に近い小さな町で、2011年の東日本大震災の時に地震と津波の被害にひどく破壊された環境は、速やかに回復しつつある。南三陸に到着した翌日の朝、私は窓の外を見るともなく見ていたら、ゆうゆうと散歩していた何頭かの鹿が目についた。しばらくするとその鹿は緑の丘に登って、朝霧の中に姿を消した。まるで被災地に下った神聖な天使が天国に帰ったかのようだった。ホストファミリーの佐藤さんによると、地元の人たちは動物の生息地をしっかりと守っているため、可愛いお鹿さんがよくここに訪れてくれるのだという。わずか数年の間に南三陸は自然災害から立ち直り、きれいな景色を回復できた。それは自然を大切にする現地の住民の努力にほかならないだろうと思った。 

クワックワッと、蛙の鳴き声に、私は遠い思い出から目覚めた。昔、我が国は経済発展を優先にして、環境汚染に散々苦しんだ時代があったが、今は国民の環境保護意識の高まりと「美しい中国を建設する」政策の実施によって、すっかりその中から脱出できたのだ。どの村に行っても、どの山を登っても、周りを見れば、美しい風景が見える。澄み切った空の下に、緑の山もあり、澄んだ湖もある。花の香りは風に乗って漂い、小鳥は梢の上で歌っている。人は自然を守り、自然と和やかに暮らしている。それは現実の『枕草子』なのではないだろうか。 

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