大連外国語大学 廖満
日本人がいつも言っている「野球精神」とは、一体どんなものなのだろうか。日本語を学んで以来、ずっとそういう疑問がある。大学二年生の時、『弱くても勝てます』というドラマを見て、初めて「野球精神」というものが分かったような気がする。そのドラマから学んだ野球精神は、ずっと日本語学習の道を歩んでいる私を支えてくれている。
『弱くても勝てます』は、甲子園を目指して頑張る城徳高校の野球部をめぐる、笑いと涙の学園ドラマである。ドラマの名前の通り、野球に関しては、城徳高校は本当の弱小チームである。強ければ勝ち、弱ければ負ける。弱小チームの城徳野球部が負けるのは当たり前だろう。ところが、野球部の田茂監督はそうは考えない。むしろ完全に屁理屈っぽい逆の考え方を持っている。
「弱くても勝てるんだっていうのを、一緒に証明して見せようじゃないか」
それは、田茂監督が試合に負けてがっかりしている部員たちに、言った言葉である。私はこのシーンに感動したので、ずっと心の中に残っている。なぜならば、もし日本語学習を野球の試合に例えると、私も弱小チームのような存在だったからだ。あの頃、スピーチ大会やアフレコ大会など、たくさんの活動に参加したが、毎回、失敗に終わった。そこで、私は長い間、自分ではダメだと思って、何の活動にも参加したくないと思うようになった。
そういう状態から抜け出したきっかけが、このドラマを見たことである。
最初、城徳野球部は、練習の設備もなく、部員も足りなかった。そんな弱小チームが勝つなんて、誰も思っていなかった。しかし、彼らの野球を愛する気持ちは誰にも負けないものだった。いつも部員たちを見守る田茂監督、学費が払えなくて毎朝、新聞配達をしながら、朝練を続けている亀沢さん、受験勉強に追われていても毎日素振りしている白尾さん、みんな、ずっと頑張っている。弱者そのものの彼らが、勝てる可能性を信じて、全力でバットを振りまくる姿は、自分の不器用さに悩んでいた私に、改めて勝ち負けを考えさせてくれたのだ。確かに、勝った人はいつも強そうに見え、負けた人は弱そうに見える。ただ、そもそも「強ければ勝ち、弱ければ負ける」とは、試合での法則ではなく、確率である。他の人がみんな「勝てない」と言っても、自分が「勝てる」と思えば、勝てる可能性はゼロではないだろう。だから、弱くても、勝てる。それならば、まず、勝ち負けや強弱などを考えずに、とりあえず、自信を持って勇気を出すのが一番大事なことである。これが、試合で戦う野球選手を支えている、いわゆる、「野球精神」というものではないだろうか。
ドラマの最後で、弱小チームの城徳野球部は部員の努力と弱いなりの戦術で、ようやく、強豪校の武宮野球部に勝っことができた。私と日本語の勉強の困難との戦いは始まったばかりだと思う。私も「野球精神」を胸に勝利を迎え日まで頑張ろうと思っている。