花とイバラと少年

 浙江越秀外国語学院 馬萍 

『女生徒』は女性のモノローグの形をとった太宰治の小説で、ある女学生の視点でその起床から就寝まで、豊富できめ細かい内心の独白により生き生きとしたその姿を読者に見せてくれます。心が豊かで、態度も考えもしっかりした女学生の姿が見えました。決して完璧ではなく、自分で厭になるような欠点もたくさんありますが、彼女はまた世の中に対する期待と幻想に満ちています。美しい物事を好み、低俗な物事を嫌悪しつつも、つまらないことから抜け出せずにいます。幻想と現実の間で絶えず思索して、引きとめ、苦労して成長して、新しいスタイルを作り出そうとしながらもありきたりに終わってしまいがちで、世界や成長する自分とのつきあいを学ぶことしかできません。 

男性作家が少女の心理状態をこれほど細かくリアルに描写できることはめったにありません。不思議にさえ思えて多くの感銘を得ました。作中の女学生は世の中の万物に対してきめ細かい感受性と独特な理解を持っていて、多くの不満を抱きながらも、彼女の目に映るすべての景色は生命力にあふれ、美しさに満ちています。美しい事物に憧れる彼女は自分のうつろな目を好きになれず、美しい目の人との出会いを望んでいました。彼女は花の香りが家屋を満たすのを喜びと感じ、消えゆく美しさには心を痛めます。小さな頃の自分のように、毎日それぞれ悩みがあっても、小さなことで気分はよくなり、美しい事物に嫉妬しながらもそれを欲しがり、自分はもっとよくなれる、明日、未来はもっとと期待しています。小さいうちは誰でもそうなのかもしれませんね。おのれの生活に不平をこぼし、よりきらびやかな未来を渇望しながら、あるとき自分のそうした生活に楽しみや喜びを感じ、これほど複雑な矛盾をどうしたらよいか分からないままに成長してきたのかも。 

ヒロインの心理についての太宰治の描写は、とても不思議に感じます。若い人はいつも考えごと、空想をたくさんしており、いたずらに伸びる藤のつるのように考えは四方八方へと伸び広がっていきます。ペガサスの駆ける空に果てがないように。いつも自分に発見がないのであれば、すでにたくさん考え空想した後なのです。文中のヒロインも同じで、車に乗っているとき、歩いているとき、入浴しているとき、大人の目には意味のなさそうなことをたくさん考えていますが、自分のこの発散する考えを阻止できないでいます。たとえば彼女はある瞬間、自分が同様な場所で同様なことをしたことがある、未来にも同様なことがあるかもと感じています。自分もある瞬間にしたことがあるような感触を覚えることはあります。この小説を読んだとき、同じ感触がたくさんあって、まるで作者が私自身の心理活動を記録しているかのようでした。同じような感触を覚えた人は多いかもしれません。異なる身体で似通った感触を覚え、会ったこともないかもしれないし、身近にいるかも知れない人が。若い人はいつも発散する終わらない考えごとをしていて、未来、過去、現在、草花、虫や鳥の鳴き声、冬の日差しのぬくもり、ほほをなでる春風、思うがままの青春を思い、ありきたりではない大人になるのだと思っています。 

しかし本当の成長には、多くの苦痛も待っています。成長は小さい頃に想像していたものとは異なり、すばらしい人物になれずだめな人になってしまうようです。文中のヒロインはきれいに化粧しても首がしわだらけの人を嫌悪していますが、内心では将来そうなることを恐れていたのではないでしょうか。しかし彼女はのちに、他人を嫌悪する自分をも嫌悪するようになります。私たちが少年の頃もそうだったのではないでしょうか。他人を嫌悪すると同時に自分も嫌悪していたのでは。成長の中には矛盾と自己の切り離しが満ちています。絶えず自分を作り直し、新しい自分を知って、新しい自分を認め、その感触はたとえがたいものですが、間違いなく苦痛です。ゆえにヒロインは幼い頃の何も変化のなかった時期をしのんでばかりいたのです。父親が亡くなっておらず、姉が結婚しておらず、母親が媚びた仮面をつけておらず、自分も矛盾しからみ合うようにもなっていない頃。当時の生活は安定的で明るく、子供の心の中はいいことでいっぱいでした。今の人々も同じで、憂いも心配も悩みもなかった少年時代をいつもしのんでいます。しかし人は成長を避けることができません。成長の中の少年たちは悩みに陥り、臆病な自分を嫌悪しますが、理由を探してそうした自分を許し、本意をしっかりと守る人になりたいと望みながら、世間のしがらみを抜け出す勇気はありません。しかし理想的でない自分は、本能的にまたすばらしい人や事物にあこがれ、少年たちは牢獄に落ち、身動きできない、しかし光の差す場所で、彷徨いながら成長するのです。 

冒頭で述べたように、太宰治の『女生徒』は、成長中の少女を示しています。彼女は成長に期待し、また成長を嫌悪して、強い人に成長することを期待していますが、成長の過程で、自分が想像していたように成長しておらず、臆病で、自省できず、成長する自分を持て余していることに気づきます。しかしそれでもすばらしさに対するあこがれに満ちて、いつも美しいものを探し発見しており、絶えず切り離して作り直す中で成長しています。 

この女学生はさながらたくさんの成長中の少女の縮図です。彼女の行為、考えは恐らく多数の女子学生と重なり合うものですが、彼女が直面する悩みは少女のみならず少年も直面するものです。男女を問わず、若いときはいつも成長に対する幻想で満ちており、成長はなんともすばらしいことだと思っていますが、成長の途中で成長が苦難に満ちていることを感じ取ります。成長に直面したとき男女の反応や行為には違いがあるかもしれませんが、つぼみがどのように自分の美を開放するのかは、少年たちが成長する道中で共に直面する困惑です。 

もしかすると、この長く嫌な時間をいかに辛抱して過ごすべきか、いかにこの青春という過渡期に自分と和解して自分を受け入れるか、私たちはよく分かっていないのかもしれません。しかしすべての少年が自分を嫌悪せず、自分を引きとめず、臆病な自分と妥協せず、自分が花開き、実を結び、大きくなることを信じてほしいと思います。それほど鮮やかで美しくはならず、イバラと苦難が入り混じっているかもしれませんが、光は空気を通り抜けて遠くから照らし、枝葉を茂らせ春風を抱えるのに寄り添ってくれるでしょう。 

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