花椒の中の須弥と芥子

 武漢大学 劉一零   

植物は社会の発展してきた歴史の証人で、文学での植物の描写は、ある国の社会生活と文化の伝統を映し出す曇りのない鏡です。しかし、日本社会と植物の描写については、花卉などの鑑賞用植物に着眼しがちです。書物の中から日本の印象を垣間見るならば、『万葉集』から繰り返し詠まれている桜、梅、杏などのイメージを見つけることは簡単です。またルース・ベネディクトが選んだ菊の花もあります。しかしいつも審美の目で鑑賞される花の枝を投げ捨てると、一国の人々の血脈と相連なっていながら注目されにくいのは、土壌の中から無口に、不器用に成長する農作物です。 

2018815日、米津玄師がNHKの「東京オリンピック2020応援」のため制作した「パプリカ」がCDに収録されました。この曲が作られた主旨は「未来に向かって頑張っている全ての人を応援する」で、好評を博しました。歌詞の主要なイメージは、作詞者が自分の少年時代の田舎での経験から題材に選んだ「パプリカ」で、明るく軽やかなメロディーと歌詞を通じて、2020年に対する期待、そして世界への祝福と支持が伝わってきます。 

この農作物をテーマとした東京オリンピックの応援ソングで、思わず、農作物を思想や感情の表現に常用する童話作家、安房直子を想起しました。 

安房直子は自らの作品の手記の中で、「平凡な生活の中から、豪華絢爛の魔法物語も、壮大なロマンも、静かでやさしい小さなメルヘンも生み出すことができたらうれしいと、思っています」と書いています。彼女は作品の中で、大量の日本の農作物を描写していますが、平凡な農作物のイメージの背後で、日本文化の背景の中での農作物に対するイメージへの関心が乱反射しています。 

「パプリカ」の歌詞にあるパプリカは、日本の田舎で育てられている野菜で、昔から調味料に使われる唐辛子とは違います。豊満で、ふっくらしており、色が鮮やかで多収性の甘唐辛子です。辛みより甘みが強いため、歌詞では未来に対する希望、子供の無邪気さのシンボルに用いて、キュートで種の多いパプリカに社会の願いを託そうとしています。一方、安房直子の代表作『さんしょっ子』では、山椒の木から精霊「さんしょっ子」が生まれます。さんしょっ子も同様に茶店の家族に生存の希望をもたらしており、童話全体の悲しい雰囲気の中に、一筋の明るい色を加えています。  

山椒の木から「さんしょっ子」が生まれたのは決して偶然ではありません。安房直子の言葉によると、山椒は働きの多い農作物です。貧乏で苦しむ農民が畑にある山椒の木を伐採しようとしたとき、そこの娘が山椒は香り付けに使えると言ったので山椒の木は生き残りました。山椒の木の中の精霊は作中の男の子、女の子との交流もしています。物語が進んでいくにつれ、「さんしょっ子」は貧しい茶店に残りの小豆を届け、山椒の木が枯死した後には、その木ですりこぎが作られています。生まれてから消えるまで、山椒の木は村人の冠婚葬祭と共にあり、切り離せない存在でした。 

安房直子の他の童話の中には 『花豆の煮えるまで』には、「紫の大きな豆は、小夜の家の裏の畑でとれるのです。そして、それを、大きななべで、あまくふっくりと煮たおかずは、宝温泉の名物にもなっているのでした。」「大豆もあずきも白いんげんも、ふっくり煮る」、『うさぎ屋のひみつ』では、うさぎ屋の不思議な調味料を構成するものとして「キャベツ畑のはしっこに、とうがらしや、ごまや、パセリの種をまきました」 といった野菜についての形容があります。これらの農作物は収穫の豊かさ、生活の落ち着きと豊かさを象徴しており、農作物のイメージが文中に現れるたび、読者に豊饒、安定、心地よさ、生活の細部をいっぱいに含んだ感覚が伝わり、苦難に満ちた経験をしても止まない希望が届きます。 

安房直子の童話に出てくる農作物は、「パプリカ」の歌詞と同様に、ある意味で伝統的農業社会から移行して来た日本文化の特色を体現しています。同じく農業国だった中国と似て、農村ですくすく育った農作物、収穫した大きく豊満な果実、料理の時の香気と食べ物のおいしさは、農業第一主義の民族の心の深くに刻まれているに違いありません。農作物のイメージに対する描写は、現代の状況の変化に直面したときの心理状態の変動の縮図と見なせるものです。安房直子が生活していた時代はすでに過去ですが、彼女の作品の中で体現されている文化の記号は今なお伝承されています。現代世界の挑戦に直面したとき、水害や干害を受けた農作物が依然として成長し、花をつけ、実を結び、種を蒔くさまの描写は、日本に対して、その他の農業に依存していた国に対しても、大きな意義があります。 

2019年から2021年、世界が多事多難の波に揺れ動く中、東京オリンピックも閉幕しました。しかし東京オリンピック応援ソングとして作られた「パプリカ」は今も広く伝わり歌われ、共鳴を呼び続けています。こうしたぱっとしない、ないし取るに足りないパプリカ、山椒、インゲン豆が載せているのは、人々が災難を経験して屈服せず、未来に対して希望を持ち続ける気持ちなのかもしれません。ちょうど安房直子が『さんしょっ子』で引用している日本の童謡のように、また山椒のように、社会の中から、文化の中から結ばれた果実のように。 

「ひとりでさびし ふたりでまいりましょう 

見わぁたすかぎり よめ菜にたんぽ 

妹のすきな むらさきすみれ 

菜の花さいた やさしいちょうちょ 

九つ米屋 十までまねく」 

人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010) 8837-3057(日本語) 6831-3990(中国語) FAX: (010)6831-3850