心の音に耳を傾けよう

李依格

 

「ピアノで食べていこうなんて思ってない。ピアノを食べていくんだよ。」というセリフを聞いた途端、椅子に座っていた私は震え始め、両手で顔を覆った。その瞬間、私は涙を禁じえなかった。

『羊と鋼の森』は、同名の本から映画化され、外村という山で育ってきた青年が調律師としての道を歩いて成長していくという物語を語った。

深夜まで調律の勉強をしていた時の外村、手帳を持ち出しメモを取っていた時の外村、自分に才能がないと迷っていた時の外村、それらがすべて私の胸に響いた瞬間に、「この人は生々しい一人の人間なんだ。」と思わせた。

一人の人間である限り誰しも夢と現実の挟間で叫んで、もがいたことがあるだろう。結局夢から離れた道を選んだ人はこの世では少なくないと思う。私もその中の一人である。

大学に入る前、私は周りの人に「それで食べるなんてお前にはできっこないよ。」と言われて、夢とは無関係な専攻を選んで、そして成り行きに任せて好きでもない仕事についてしまった。「本当にこのままでいいの?」と自分に問いかけたことがあったが、残念なことにその時の答えは、「ああ、いいんだ。」だった。

つまらなく何の感動も生み出されていない日々を送りながら、私は変化を怖がるようになり、自分の夢を秘めようとしていた。そういう状態は、静かに長く続いてきた。大事な人を亡くす前までは。

肌を刺すような風が吹き続け、底冷えのする去年の冬。病院に駆け付けた私は、祖父との別れに間に合わなかった。心臓発作で突然倒れたという。何の予兆もなしに。私がどう声をかけても返事せず、ベッドで目を瞑っていてびくともしなかった祖父の姿は、脳裏に焼き付いて離れなかった。今を生きるしかない、ちゃんと自分と向き合わなければと、私はその時まで気付いていなかった。

この映画では、主人公の外村をはじめとして、柳、和音などの登場人物を含めた調律師やピアノを弾く人はみな、自分の心の音を聞きながらこつこつと一歩ずつ求めているものを追おうとしている。現実に向かいつつも、折れずに走り続けている。私は彼らが他人に認められて拍手をもらった瞬間の笑顔を見てわかるようになったが、彼らを支えているのは夢を追う途中で出てきた小さな感動ではなかろうかと。そんな感動は他の人にとっては取るに足りないものかもしれないが、彼らにとってはかけがえのない存在で、自分にしかわからないものなのだ。

自分の心の音に耳を傾けよう。自分に属している森を走っていこう。途中で迷ったり転んだりするが、必ず光が生い茂った木々の葉から差し込んでくるのだ。そしてその光が自分の生き甲斐を織り成し、やがて自分なりの人生を作り上げてくれるのだ。

「いや、このままじゃ嫌だ。」と私は手を胸に当て、もう一度自分に問いかけてみると、心の音が聞こえてきた。

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