日本教育の啓発——『窓ぎわのトットちゃん』を読んで

陳倩平 長江師範学院外国語学院

 

 『窓ぎわのトットちゃん』では作者の黒柳徹子は自分の子供時代をモデルにして、主人公「トットちゃん」の経験を語りました。その小説を読んで、「トットちゃん」の記事における巴学園校長の小林宗作先生と主人公の家庭教育観念に深く興味を持つようになりました。

 元の学校で先生は一年生のトットちゃんの無邪気な行動で彼女を叱り、退学させました。幸い、トットちゃんは優しいお母さんがいます。お母さんは娘の気持ちを大切にして、何の悪口も言わず、婉曲に「他の学校に行ってみよう。」と慰めました。それから巴学園という学校に転校しました。巴学園はトットちゃんの楽しい子供時代を大切に引き取りました。

 確かに、このような教育問題は中国でもよく見られます。多くの先生、特に小中学校の先生は、自分の生徒が授業に集中しなかったり、校則に違反したりする行為を見た時、学生を直接に叱ることが多いようです。つまり、先生の話を聞くかどうか、校則を守るかどうか、成績がよいかとかは生徒を評価基準としています。この面ではある程度に中日教育の共通点ではないかと思います。    

 その小説を通して、日本の家庭教育の一側面がわかりました。さらに、中日の家庭教育の実状の違いを比べてみたいです。中国で、子供の時から田舎で祖父母に育てられたり、都市で成績だけ気にしたりする場合が珍しくないです。それに対して日本では、両親は子供を教育する主要な責任を負っているだけでなく、家庭教育に関する学習クラスや講演などを充実し、公民館、図書館などの交流の場を提供しています。それらは日本の家庭教育をサポートしています。

 家庭教育だけでなく、学校の教育観念も違うと思います。小説における小林先生の教育観念は子供たちの成長規律にぴったりし、その校長は学校に名前をつける時でも、子供たちが体と心の両面で調和的に発展することを望んでいます。このような教育観念は小説の多くのところで体現されています。巴学園の生活は中国人の目には現実的ではないエデンのように見えます。中国の学校の教室での学習の重視と違って、日本は社会実践を通じて特殊な技能を獲得したり、ある能力を鍛えたりします。体験こそ本当の学習だというのは日本の基本的な教育観点だと思われます。

 『窓ぎわのトットちゃん』と同じように、教育先進国の先生はもっと多く学生たちの視野を教室の外に導いてくれます。彼らは子供に本の外で更に学問で、生存のすべての時間と空間はすべて教室で、そして極力子供達を導いて問題を発見させ、問題を考えさせ、問題を解決させ、その創造性と達成感を育成します。これは『窓ぎわのトットちゃん』が中国の教育改革にいい啓発を提供してくれるのではないかと思います。

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