祭りで繋がる——「祭りのない夏に」を見て

郭倩 上海外国語大学

 

今年は例年とは異なる。なぜなら、今年は新型コロナウイルスの災いに見舞われたからだ。新型コロナウイルスは人々の生活に大きな打撃を与えた。各地では様々な祭りが中止に追い込まれた。NHKの『新日本風土記』が放送した「祭りのない夏に」は、日本の夏祭りの現状と過去の風景を描いた。私はそのドキュメンタリーを見て改めて夏祭りが日本人にとってどれだけ大切かを感じさせられた。

 今年の夏は祭りが相次いで中止となった。祇園祭、ねぶた祭など有名な祭りの名前がいくつも出てきた。その多くの物語の中で、ねぶた祭に関わる親子の話が最も印象的であった。ねぶた師は一年間かけてねぶたを作り、ねぶた祭りで他のねぶた師と腕を競う。木村春一は最優秀賞を二度受賞した父の背中を追い、ねぶた師の世界に飛び込んだ。春一は父に対し、うれしい気持ちもあれば、悔しさもある。その悔しさが自分の頑張る力になり、春一は腕を磨いている。私はこの二人の物語に強く心を打たれ、素晴らしい親子だなと思った。祭りを通し、親子の絆が一層深くなったように感じる。

 そして、その過去の祭りの風景を思うと、今年は静かな年となってしまい、何だか切ない。日暮れと共に現れる提灯のトンネル、大声で叫びながら神輿を背負う男たち、いずれも地元の人々の祈りの証である。

しかし、新型コロナウイルスのせいで、今年は一緒に盛り上がることができない。日本の人々の残念な気持ちが私にもよく分かる。新型コロナウイルス感染爆発は、ちょうど春節休暇に起こった。故郷に帰ることができず、オンラインで家族と一緒に年越しをした。去年は大晦日には家族そろって夕食を食べながら、年末番組を観賞していた。しかし、新型コロナウイルスの深刻な状況にあって、そうしたことさえ不可能なことになってしまった。その時、一緒にギョーザが食べたい、新年の挨拶回りに行きたいと心の底から叫んでいた。そのためか、ドキュメンタリーで「悲しい、来年まで遠すぎる」と泣いている女性を見た時、自分も泣きそうになった。国籍は違うが、その感情は身に染みて理解できる。国境を越えたつながりができたように感じる。

一方で、質的な距離は遠ざけられたが、心の距離は近くなった様子も映し出されていた。阿蘇のおじいさんは祭りのために育てた稲を手で握り、落ち込みながら、「コロナに気持ちじゃ負けたくない」と力強い言葉を言い出した。そして人々は互いに距離を取りながら、それでも懸命に歌い続けていた。祭りがなくても、地元の人たちの絆が切れることはない。むしろ祭りがなくなったからこそ、その大切さを改めて確かめ、来年こそは熱狂する夏になるようにと祈っているのではないだろうか。それは祭りの力であり、その力が地元の人々をずっと支え続けている。

このような絆はコロナ問題に打ち勝つ原動力になるだろう。来年こそ、祭りに燃える夏となり、人々の笑顔がもう一度見られることを願っている。 

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