風に吹かれる

呉子涵 ハルビン工業大学

 

貴方は何かの為に命をかけて頑張ったことがあるだろうか。或いは悪い目に遭い、何かを諦めようとしたことがあるだろうか?

誕生日の時、友人から『風立ちぬ』という小説をプレゼントにもらった。本を開いた途端、このようなセリフが目に入った。「風立ちぬ、いざ生きめやも」。その時の私はまだ意味は知らなかった。いや、知る由もなかった。

平凡な家庭に生まれ育ち普通の成績で進学し、穏やかな毎日を送ってきた私は、常に誰かに見守られ、一人前になれなかった。初めて大学に足を踏み入れ、新しい生活を迎えようとした時、経験したことのない大きな挫折をした。人と人の間に大きな差はなく、頑張ればなんとか補えると思っていたが、いくら頑張っても中々上手くできなかった。一年が経っても、何も変わりはなかった。学生として最もすべきことも上手くできない私は、何故できないのか、果たして何ができるのかと自分すら疑った。落ち込んでばかりはいられないと分かっていたが、どうすればいいかわからない。諦めるところだった。丁度その時『風立ちぬ』に出会い、読み始めたのだ。

これは時間を超える愛の物語であり、死生を貫く希望の物語である。一通り読んで、悲しい結末だと分かった。それなのに二人が愛し合い、命が終わる最後を見届ける物語が悲しいとは感じない。何故なのだろうか。そんな疑問を抱きながら、再び本を開いた。美しい自然に囲まれた景色は心を沈ませるほど美しかった。近づいた「死」を悟った彼は彼女に「生」の希望をもたらした。「死」に直面した彼女は彼の目を通じて素晴らしい「生」の世界を感じた。残された時間、二人きりでまるで初めて出会ったかのように幸せな日々を過ごした。嘆くのでも、思いやるのでもない。二人の物語は幸福に満ちているから、ただ祝福すれば十分だろう。彼女は冬に「死」を迎えるから、そんな絶望の季節、彼は悲しい日々にどっぷり浸かっていた。しかし、終わればすぐに春が訪れる冬は、希望の季節だとも言えるだろう。彼女の残された「生」に希望を持ち、彼は世界と共に生きていくと決心した。彼らの物語は夏から始まり冬に終わったというより、むしろ死を越え新たに始まったのである。

過去にこだわることほど未来を妨げるものはない。そう、ようやく気づいた。今すべきことは過去を嘆くのでも未来を諦めるのでもない。ただ希望を取り戻し、そして困難を乗り越えるのみだ。その分野では差があることを認めよう、自分でも上手くできることがあるから。思い切り生きよう、自分の憧れた未来は自分しか描けないから。「風立ちぬ、いざ生きめやも」。そう、私は確かに「風」を感じている。心も「風」に吹かれている。どのような嵐があろうとも、どのような未来が待とうとも、希望を失わず、そして何度でも立ち上がり夢に辿り着きたいと思う。風が渡っていく。さあ元気を出して、世界と共に生きていこう!

人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010) 8837-3057(日本語) 6831-3990(中国語) FAX: (010)6831-3850