変わる世界、躍動する「一帯一路」へ

文=木村知義

 

 

習近平主席が「一帯一路」の構想を提唱して5年余りが過ぎた。日本のメディアの多くは依然として「一帯一路」への警戒感と懸念を繰り返し語り続けている。

「それでも地球は動く」

そんなメディアの論調に接して思わずつぶやいた言葉である。いうまでもなく、イタリアの天文学者ガリレオガリレイが異端審問の際につぶやいたとされる言葉である。

そのイタリアがG7(主要7カ国)として初めて「一帯一路」の協力覚書に調印というニュースが世界を駆け巡ったのは先月(3月)のことである。

「古代のシルクロードをよみがえらせ、各国の人民に利益をもたらしたい」

イタリアのマッタレッラ大統領と会談後の共同記者会見で、習主席はそう語った。「一帯一路」の「海のシルクロード」の終点となるイタリア北東部トリエステ港を管理するゼーノダゴスティーノ港湾局長は「経済の低迷するイタリアは単なる投資家ではなく、流通を促進して商業的な価値を生み出す存在を必要としている。それこそが中国だ」と語る。

さらに4月12日、マレーシア政府は、巨額な事業費を理由に中止していた東海岸鉄道の建設計画を再開することで中国側と合意したと発表した。建設再開で、経済開発が遅れているマレー半島東部のインフラ整備が進むことが期待されるという。

 「一帯一路」は、まさに脈打つ鼓動が聞こえてくるかのように、生きて、動いている。

多くのメディアは「一帯一路」を中国が主導する巨大経済圏構想と語る。しかし、よく目を凝らしてみると「一帯一路」はすでに「経済圏構想」という次元をこえて、アジアユーラシアからアフリカ、中南米諸国へと、広く地球を覆う新たなグローバルガバナンスを生み出すインキュベーター(揺籃器)として進化を続けていることが見えてくる。すなわち、新たな世界を生み出す唯一のイニシアティブとなって躍動しているのだ。

では、「問題はないのか」と問われれば、もちろん、ないわけはない。

ニューヨークタイムズが「一帯一路」にかかわる中国の投資が開発途上国とりわけ経済的に脆弱な国々に対する「債務のわな」となり、それをテコに中国が戦略拠点を押さえていくと「警告」を発する長文の記事を掲載したのは昨年6月のことだった。その後、同じ米国のウオールストリートジャーナル、日本のいくつかのメディアなど「一帯一路」への警戒感を語る論調が相次いだ。

「債務のわな」で語られる代表例がスリランカのハンバントタ港である。中国から多額の融資を受けたものの、港湾施設が返済に足る利益を生むことはなく、借金が膨らむばかりで返済不能になり、99年間にわたり港湾の運営権を中国に委ねることになったというものである。

事実関係にさらに精査と検証が必要であることを前提にだが、債務返済ができないことなど大筋はメディアが伝える通りなのだろう。しかし、それが、中国の戦略的野望を秘めたものだというのは、予断を持った「観測」ないし「意見」に属することに注意を払う必要がある。

日本の政府開発援助(ODA)について長年の蓄積を有するJICA(独立行政法人国際協力機構)の前理事長、田中明彦氏は昨年秋の講演の中で、「中国に批判的な立場からは、意図的にそうやって債務のわなにひっかけて支配権を握ろうとしている、という見方が当然出てくる」としながら、これは中国の側だけの問題ではなく「先方の指導者が融資条件をよく考えもせず、借りている」ことが問題としてあると指摘している。そして中国も「問題については認識しているようで、ある種の反省のようなものが起きている感じがいたします」と語っている。(「東亜」2018年12月号)

「一帯一路」は「生きて、動いている」と述べた。つまり、試行錯誤を重ねながら経験と知識を蓄積し、それらを共有しながらより良いあり方を切り拓いていくという歩みを重ねているのである。今回のマレーシアの鉄道建設再開に当たっても、事業費が大幅に圧縮されたと伝えられている。

「中国の習近平指導部が掲げる『一帯一路』は数年のうちに衰退していくだろう…」

「『一帯一路』はどこに行くのかわからない…」

これらの言葉を耳にしたのはほんの3年前、日中関係について専門家が議論するシンポジウムでのことである。いま思い返してみると「中国のことを予測すると間違えることも多いので…」と笑いを誘ったその識者の言葉が、笑えない冗談だったと言うべきである。

現実を見よ、事実を見つめよ!と世界が語りかけてくる。

いま「一帯一路」について考える際には、まさに「実事求是」がなによりも重要だということを肝に銘じるべきである。

そのためにも、この5年余の道のりを考える時、「一帯一路」提唱の原点に立ち返ってみることは無意味ではないだろう。

2013年9月、カザフスタンのナザルバエフ大学での演説で習主席は「共に『シルクロード経済ベルト』を建設しよう」と呼びかけた。続く10月のインドネシア国会での演説「共に『21世紀海上シルクロード』を建設しよう」によって、「陸」と「海」に広がる「一帯一路」の全体構想が像を結んだことはよく知られている。

前者の演説で習主席は「政策における意志疎通を強化する」「鉄道の連携を強化する」「貿易をよりスムーズにする」「通貨の流通を強化する」そして「人民の心がより通じ合うようにする」の5つを挙げて「沿線の各国人民に幸せをもたらす大事業である」と語った。そしてユーラシアの「発展空間」をいっそう広々としたものにするために共同で建設していこうと呼びかけた。後者の演説でも習主席は「信義重視修好を堅持する」「協ウインウインを堅持する」「互いに見守り助け合うことを堅持する」「お互いの心が通じ合うことを堅持する」「開放包容を堅持する」の5点を挙げて「われわれは冷戦思考を捨て、総合的な安全保障、共通の安全保障、協力による安全保障という新しい理念を積極的に提唱し、地域の平和と安定を共に守るべきである」と強調した。

協力共同、開放包容、ウインウイン、平和と安定そして発展…、「一帯一路」に込められた理念は、まさにここにある。これに照らして、現在何がどう進んでいるのか、その過程でどのような問題や困難に突き当り、それをどう解決、克服してきたのか、さらに、依然として残されている問題は何か、それを共に考え、解決の道を見出し、力強く歩みを進めようというのが2回目のサミットとなるのだろう。

このように考えてくると、「一帯一路」は参画のプラットフォームでもあることに気づく。日本のわれわれにとっては、先端的な技術や産業におけるノウハウにとどまらず、開発途上国地域への協力で蓄積した開発援助におけるエンジニアリング(現地における調査研究からプロジェクトの実施にいたる総合的なプランニング)において、中国はじめ各国と協力、貢献できる可能性がひらけていると言える。60年に及ぶODAの経験の中で、日本の官界、産業界は、環境問題をはじめ、現地の人々を真に幸せにする援助になっているのかをめぐって厳しい批判にさらされることも幾度も経験している。つまり正負の経験の中から、日本には語るべきことが多くあるはずだということである。日中の協力を構想するとき、こうした視点から日本の果たすべき役割と新たな可能性を模索することも意味があるのではないだろうか。

いま、時代の歯車は大きく動き始めている。先の全人代の「政府活動報告」では「今日の世界は百年に一度の大きな変化に直面している」と指摘した。戦後秩序、さらに限定すれば、冷戦終焉後の米国主導の世界秩序は終焉を迎えている。いま「新冷戦」が語られる背景には、貿易通商問題の次元をこえて、このような歴史の転換点における台頭著しい中国が提示する世界のあり方への抵抗感があることを見ておかなければならない。米国のトランプ政権に新たな世界秩序に関わる定見が見えないのに対し、中国には「一帯一路」という、まさに地球を俯瞰する「グローバルイニシアティブ」がある。各国の国情に沿って「一帯一路」によるさまざまな形のパートナーシップが網の目のように広がっていることを、私たちは知る必要がある。平和の裡に世界が変わろうとしているのである。

それだけに、「一帯一路」の原点で語られた、協力とウインウイン、心が通じ合い助け合う、そしてなによりも平和で安定した発展の世界をめざそうという呼びかけが大切になる。そこに「一帯一路」と「人類運命共同体」とが交わる新しい世界が見えてくる。

 

人民中国インターネット版 2019426

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