「存立危機事態」をもてあそぶ浅薄な中国認識を憂う 

2025-11-17 14:42:00

文=ジャーナリスト・木村知義 

これほどまでに浅薄に軍事をもて遊ぶところに足を踏み入れたのかと言葉を失った。そして、改めて原則の重さを考えせられる深刻な日々となった。 

高市早苗首相の「存立危機事態」にかかわる発言においてである。 

重要なことは、大方のメディアが語る、高市氏が国会で「台湾有事は日本が集団的自衛権を行使できる『存立危機事態』になり得る」という認識を示したことに問題は止まらないことである。 

問題の発端となった11月7日の衆議院予算委員会における立憲民主党の岡田克也氏との46分間に及ぶ質疑をつぶさに聴き直してみると、「存立危機事態」をめぐる問題以前に、高市氏の中国認識に内在する問題が透けて見えてきた。 

昨年の自民党総裁選挙における高市氏の言及を挙げながら「どういう場合に存立危機事態になると考えるか」と質す岡田氏に対して、「やはり他国に、あのまあ台湾でしたら他の地域と申し上げた方がいいかもしれませんが、あの時は確か台湾有事に関する議論であったと思います、その台湾に対してですね、武力攻撃が発生する、まあ海上封鎖っていうのも、あの、これ戦艦で行い、そしてまた他の手段、まあ合わせてこの対応した場合には武力行使が生じうる話でございます…」と返す高市氏。続けて「まあ先ほど有事という言葉がございました。それはいろんな形がありましょう。例えば台湾を完全にまあ中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか、それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし。武力行使であるかもしれないし、それからまあ偽情報サイバープロパガンダであるかもしれないし、まあそれはいろんなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それでやはり戦艦を使ってですね、そしてまあ武力の行使も伴うものであれば、まあこれは、あの、どう考えても、まあ存立危機事態に、つまりケースであると私は考えます」と自説を開陳した。 

「存立危機事態」の定義は「日本と密接な関係にある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされる明白な危険がある場合を指す」とされるが、中華人民共和国政府を「北京政府」と語ること合わせ、高市氏の頭の中では「他国」が「台湾」を指していることが読み取れる。戦後、一貫して中華人民共和国を敵視し、1972年の日中国交正常化に至るまで「中共政府」と言い続けてきた日本政府の姿を彷彿とさせる言説と言うべきである。日本と中国の関係におけるもっとも原初的で根幹にかかわる原則をハナから踏みにじる高市氏の中国認識が露呈したと言えよう。 

次に、「台湾有事」の虚構性と台湾にかかわる歴史的原則をないがしろにする問題の深刻さである。 

まず「台湾有事」の虚構性、時は2021年に遡る。 

1)3月2日、米上院軍事委員会でハーバート・レイモンド・マクマスター将軍(第1次トランプ政権大統領補佐官・国家安全保障担当)が「2022年以降が台湾にとって最大の危機を迎える時期になる」と「警鐘」を鳴らす。 

2)同9日、4月末に退任を控えたフィリップ・デービッドソン米インド太平洋軍司令官が「彼ら(中国)は、ルールにのっとった国際秩序におけるわが国のリーダーとしての役割に取って代わろうという野心を強めていると私は憂慮している、2050年までに」と発言。「その前に、台湾がその野心の目標の一つであることは間違いない。その脅威は向こう10年、実際には今後6年で明らかになると思う」と証言。 

3)同23日にはインド太平洋軍司令官に就くことになるジョン・アキリーノ海軍大将が上院軍事委員会の指名承認公聴会で「この問題(中国の台湾進攻)は大方の想定よりも間近に迫っている」と語る。  

ここから「台湾有事」がにわかに喧しく語られるようになったのだが、いずれの場合も根拠が一切語られないことを冷静に見据えれば、一連の「台湾有事」論はまさしく「つくられた危機論」であったことがわかる。現に、米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は同年6月17日、米議会上院歳出委員会の公聴会で、「台湾は依然として中国の核心的利益として位置付けられているが、軍事的に(侵攻を)行おうとする意図や動機は現時点でほとんど見られない。中国側も(そう)認識している。そのため、近い将来に行われる可能性はおそらく低い」と述べた。 

つまり、外部からの介入やそれと連動する「台湾独立」の動きがないかぎり台湾の平和は脅かされることはないということなのである。いまだに、虚構の「台湾有事」にもとづいて中国の脅威と抑止を語る高市氏の「台湾問題」にかかわる認識の深刻さを知らなければならない。 

もう一つの問題は、台湾をめぐってわれわれがわきまえるべき原則の逸脱である。 

1972年9月29日北京において、田中角栄総理大臣と大平正芳外務大臣、中国の周恩来国務院総理、姫鵬飛外交部長との間で署名された「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」の第2項で「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とし、続く第項で「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」とした。その「ポツダム宣言」の第八項 では「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定していて、カイロ宣言では、台湾、膨湖諸島は当時の「中華民国」に返還することが記されている。つまり、1949年に成立した中華人民共和国政府中国を代表する唯一の合法政府と認めるのであれば、カイロ宣言の履行を謳っているポツダム宣言第八項に基づく立場とは、中華人民共和国への台湾の返還を意味するという論理になる。よって、重要なことは、「二つの中国」あるいは「一つの中国、一つの台湾」は認められないという認識を日中で共有したことにある。これはどんなことがあっても忘れてはならない日中関係の根幹にかかわる原則である。にもかかわらず、高市氏は、日本が台湾に武力介入、すなわち、中国との戦争に踏み込むことがありうると明言したのである。まさしく内政干渉そのものと言える原則を顧みない重大な発言である。 

こうして、すべてが一つにつながる高市氏の中国認識の根深い問題が浮かび上がってくる。今更ながら、先の日中首脳会談は一体何だったのかという思いに駆られる。会談から日を置かず、まさに挑発としか受け止められない高市氏の発言である。会談後、高市氏が語った「戦略的互恵関係」の包括的推進と「建設的かつ安定的な関係」を構築していくという言葉の空虚を知ることになった。立場を変えてみれば、日本側からの要請を受けて会談に踏み切り、日中関係のあり方とそこで踏まえるべき原則について言葉を尽くして語った習近平氏ならびに中国側の人々が抱く虚しさ、失望と怒りの深さがわかるというものだ。中国が撤回を求めたことは当然の理(ことわり)と言うべきである。 

さらに加えて、防衛予算の前倒しでの増額、「安保三文書」の改訂、防衛力の抜本的強化など、「戦争のできる国」への前のめりとも言える高市政権の立ち居振る舞いを、中国のみならずアジア、世界の人々はどう受けとめるのか、われわれは冷静に立ち止まって考えてみなければならない。その際、かつて日本が邦人の生命、財産と権益保護を掲げて中国への侵略戦争へと踏み出した歴史を忘れてはならない。 

この間の中国からの批判に対して、高市氏は発言について撤回しないと明言した。しかし、たとえば北海道新聞11月11日の社説「存立危機事態 緊張を高める首相答弁」では「詳細な状況の検討もせず、平和国家である日本の首相が軽々しく言及するのは、かえって国の安全を脅かすことになる。そもそも、根拠とする安全保障関連法は違憲の疑いが濃い。重大で危うい答弁と言える。首相はきのう『最悪のケースを想定し答弁した。政府の従来見解に沿ったものだ』と説明したが、撤回すべきだ」と論じた。真摯に耳を傾けるべき論説である。国家の尊厳を言うなら、誤りを正すことが一国のリーダーとしての矜持でなければならないはずだ。このままでは隣人・中国との信頼関係を築くことなど夢のまた夢となるばかりか、世界から、時代から取り残された寒貧たる国となる。執権政党である自民党の中にもこの道理に気づいている人々がいることを信じたい。 

「敗戦」から80年、世界は大きく動いている。旧態依然たる、中国を「敵」とした脅威と抑止の発想から自由になって、世界の未来をひらく構想力と努力こそが求められている。過去の歴史に学びながら、われわれの思考と生き方を新しくしなければならない。 

木村知義 (きむら ともよし)   

1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。  

人民中国インターネット版 

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