文=高原 撮影=馮進
11月23日より、「北京正乙祠劇楼」では1ヵ月にわたる祝賀プログラムが上演され、中国の有名青年監督による実験演劇、戯曲作品が集中的に上演される。
「北京正乙祠劇楼」は、300年にわたる歴史をもつ古い劇場であり、「中国の劇場の生きた化石」と呼ばれる。そこで今回、上演される作品は、中国の伝統戯曲と現代の実験芸術を融合させた前衛的作品であり、空間と演目の共鳴は、期待に値するものになることだろう。
2012年は同劇楼の竣工300周年にあたり、今回の祝賀プログラムは、来年のシリーズイベントの前祝いである。
正乙祠劇楼について
「正乙祠」は、もとは明代の古寺であり、清の康煕6年(1667年)には浙江の金融業者によって祠堂に改築されて、財神の趙公明をまつった。その後、何度もの修復、拡大工事を経て、康煕51年(1712年)、現在の規模となり、敷地内に劇場、ホール、控え室、渡り廊下などが設けられ、毎年春秋の二回、集会が行われ、神を祭り、幸福を祈り、飲食の宴がはられた。その劇場は、考証によれば、中国ならびに世界でもっとも早期に建てられた木造の室内劇場である。
1949年以降、同劇場の演目は停止し、多くの経緯を経て、2010年、ここでの演目が再スタートした。
女形文化を継承
清・光緒年間、梅巧玲が「四喜班」を率いて舞台に上がって以来、正乙祠の舞台と梅派の芸術家たちは深い縁で結ばれている。京劇の梅派の女形である梅蘭芳、梅葆玖などがここで演じている。梅派との縁を記念して、正乙祠の舞台での今後の演目プログラムは、「女形を主に」と定められ、北京のほかの京劇劇場と区別されている。
梅蘭芳は、中国の京劇界においては名声が非常に高く、中国戯曲芸術の代表といわれる。けれど梅蘭芳を代表とする女形文化は次第に担い手がない状態となっている。梅葆玖は、唯一の梅派の立て女形(良家の娘や貞操な婦人などを演じる役柄)を演じる子息であり、胡文閣は、半世紀以来、唯一の梅派の女形の継承者となっている。これに比較すると、日本の歌舞伎の女形の伝統は絶え間なく発展している。そのため、正乙祠では、「女形を主とする」というテーマを設け、京劇の女形の伝統復活を目指している。
現在、同劇場では、「梅蘭芳の華」と名付けた演目が上演されており、そのなかには梅蘭芳が生涯で演じた女形のなかの粋とされ、高い人気を博した「貴妃酔酒」「覇王別姫」「天女散花」などの作品の一部が集中的に演じられている。
前衛的作品を応援
京劇とまた中国演劇の祖ともされる昆劇の伝統演目を上演すると同時に、正乙祠は青年監督たちのために舞台を提供している。11月23日から開始される祝賀プログラムでは、今秋、北京国際青年演劇フェスティバルで上演されたすぐれた実験的作品が幾つか選ばれ、それらは例外なく中国の伝統戯曲をなかに融合している。例えば、黄盈の「一炊の夢」は、戯曲、中国の伝統の語り物、話劇など異なる領域の役者を集め、セリフとパフォーマンスの同時進行によって唐の伝説である「枕中記」の故事を解釈している。また周龍の「還魂三叠」は、伝統戯曲の「牡丹亭」「紅梅閣」および水滸伝の劇「烏龍院」の三段、死人の魂が復活する故事を融合させている。台湾から参加する青年監督、劉亮延の「曹七巧」は、女形の一人芝居と歌舞伎役者のパフォーマンスを結びつけ、意識の流れを表現する手法によって現代の著名作家、張愛玲の傑作『金鎖記』の人物を解釈し、まったく新しい演劇体験を提供している。
人民中国インターネット版 2011年11月10日
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