伝統と革新の共生で「より良い生活」を

 

聞き手=広岡今日子 写真=于文

達増拓也知事

10年ほど前から、日本で最も古い歴史を誇る東京・平和島骨董まつりに、中国人バイヤーの姿を見かけるようになった。当初、本国よりはるかに安い中国書画の出物を求め、会場を駆けまわっていた彼らのここ数年の狙いは、南部鉄瓶。この鉄瓶で沸かした湯で普洱(プーアル)茶を入れると、とくに美味しいからと、名工作の骨董品が値段に糸目をつけずあっという間に買い占められた。その結果、価格は跳ね上がり、「素人」には到底手が出せない値段になってしまった。それでも中国人観光客が多く訪れる店舗では、もれなく鉄瓶を置くようになり、売り場は連日、賑わっている。

 この鉄瓶ブームに火を付けたのは、実は2010年に行われた上海万博の岩手県による南部鉄瓶プロモーションだった。それを仕掛けたのは、岩手県の達増拓也知事。外務省に長らく勤務し中国文化にも理解が深い知事は、幅広い視野から南部鉄瓶を「国際化」したのである。

——南部鉄瓶が中国で認知されたきっかけをお教えください。

達増拓也知事 2007年、上海でプーアル茶専門の老舗茶商「上海大可堂」(以下「大可堂」)の名誉会長の何作如さんが来日し、東京の岩手県アンテナショップで南部鉄瓶をたくさん買われたことがきっかけです。その後「使ってみたらとても良いから、店舗でも扱いたい」と連絡をいただき、「大可堂」の喫茶部門での使用や小売販売といった多角的なプレゼンテーションが奏効して、プーアル茶ファンの口コミで南部鉄瓶の良さが伝わり、現在のブームにつながりました。

――「大可堂」で一定の知名度を得たあと、それがブームにつながるには更にひと工夫があったのではないかと思うのですが…。

達増 「大可堂」からもっと中国市場に合ったものが欲しいと言われ、中国市場向けのカスタマイズを試みました。岩手に数社ある南部鉄器の製作企業に声をかけたところ、今も一手にカスタマイズを手がけている及源(おいげん)鋳造株式会社が手を上げてくれたのですが、実売に至るまでにはかなり試行錯誤を繰り返したと聞いています。

――具体的にはどのようなオーダーがあったのでしょうか。

達増 注ぎ口の形状に工夫をする、デザインや造形をもっと中国人好みにといった大まかな提案から始まり、「オリジナルの鉄瓶よりもやや小さいものを」「小さいと容量が減るから、たくさんお湯を入れられるように注ぎ口を高い位置に」「お湯を注いだ時の流水が美しく見えるよう、注ぎ口の形に工夫を」「女性が扱うことが多いので、重すぎないように」など、かなり細かな注文に発展していきました。全ての理想を叶えるために、現場では相当苦労したそうですよ。

――知事ご自身は鉄瓶ブームをどのように受け止めていますか。

達増 南部鉄瓶は岩手県の歴史文化を代表する製品です。それが中国で受け入れられたというのは、岩手の一番良いところを理解してくれたということでしょう。大変喜ばしいことと受け止めています。 

一昨年1月、イオンストアーズ香港で県産農作物のトップセールスを実施。県産和牛の初出荷に合わせ、リンゴなどを達増知事自ら消費者にPRした(写真・岩手県)

――鉄瓶以外の県産品の中国市場開拓にも力を入れているようですが。

達増 中国では日本食の需要度が高まっているため、食を通じて岩手県を知ってもらおうという試みから、食品に一番力を入れています。岩手県は三陸沖が近く、クオリティーの高い魚貝類が捕れますので、水産加工品が多いですね。他には日本国内でも高品質と言われる日本酒や、乾麺や調味料など保存性の良い物を輸出していますがいずれも好評で、私もプロモーションのために北京を訪問し、おいしい乾麺のゆで方のコツなどをお伝えする専門家のデモンストレーションにも参加しました。岩手県の麺類はじゃじゃ麺、冷麺、わんこそばが有名ですが、中国の方々が食べつけている味に近いものとして、日本そば以外にあえてラーメンも持って行きました。

――岩手県の工芸品として、今後中国へセールスしたいものは?

達増 漆(うるし)製品などいいと思います。実は岩手県は日本一の漆の生産量を誇り、品質の高さから国宝級の文化財にも使われています。岩手県を代表する伝統工芸品の岩谷堂箪笥にも、漆が使われています。

――鉄瓶のカスタマイズの成功のように、伝統工芸品を中国市場向けセールスする際のポリシーや方針を教えてください。

達増 基本は消費者の「ニーズ」に答えるということです。中国市場の中でも、日本の昔ながらの伝統的なものにこだわる人もいれば、中国の茶文化にマッチした新しいものが良いという人もいますから、多様なニーズに合わせたものを用意し、利用してもらえればと思っています。南部鉄器にしても、江戸時代からの伝統を守るのと同時に、全く新しいデザインのブックエンドや、欧米向けに鮮やかな色を塗った鉄瓶など、今までにない新しいものをつくるという方向が共存しています。

南部鉄瓶ブームのきっかけとなった2010年の上海万博で(中央が達増知事)(写真・岩手県)

異文化交流を行っていると、自らの変化と同時に、伝統的な部分の強化も行われます。日本は遣唐使の時代から中国との交流を通じ、自国を変化させると同時に日本らしさを強めていった過去があります。今後もその方向性を保っていくのが理想ですね。

――ここ数年の中日関係の影響で、日本人の対中感はあまり良くありませんが、一方では多くの訪日中国人観光客が、日本経済に潤いをもたらしています。知事はこの現象をどのように見ていますか。

達増 実は私は、中学時代からNHKラジオの中国語講座で中国語を勉強しておりますが、中学生のころは中国に関する情報がほとんど入って来ないので、中国の人びとの暮らしぶりなど知りたくても知ることができませんでした。今は情報が豊富で、普通の中国、良い中国の情報もどんどん入ってくる時代になったにもかかわらず、中国の悪いところばかり探し、本当は悪くないのに、悪いようにねじまげて情報発信しているように思えます。先日私はテレビの中国語講座で、中国伝統の漆を何層にも重ね塗りしたあとに模様を掘る堆朱(ついしゅ)の素晴らしい技術を見て、こんなにすごいものが中国にはあるのかと改めて驚かされました。偏向せずに中国を見れば、ポジティブな発見は必ずたくさんあるはずですから、日本人はもっと積極的に関心を深めるべきではと思っています。

訪日中国人観光客については、訪日や買い物を通じて、日本人や日本の情報を直接知ってもらうチャンスだと思っています。お互いの立場から相手を知ることで友好を深め、交流を発展させ、さらにビジネスでもお互いの利益を発展させていくことが、私の理想です。

——トップセールスなどの経済事業で訪中され、さらに中学生の頃から中国語をなさっていることで、中国に対する理解も深いことと思われますが、中国への印象をお教えください。

中国は、数え上げればきりがないほど多くの魅力にあふれた地であると、訪中の都度感じています。

岩手県は、中国大連市やプーアル市、雲南省と連携協定を結んでおり、大連市には経済事務所を置き、中国各地と経済交流を進めています。その際一番感じていることは、中国の皆さんの人と人との繋がりや友情を大切にする心の素晴らしさです。例えば2010年の上海万博では、プーアル市政府や上海市の実業家の友情に支えられ、本県の南部鉄瓶などを共同で出展展示したことで、南部鉄瓶が大人気となり、岩手の知名度も大変上がりました。今でも皆さんとは交流を深め、「朋友」の間柄。さらに交流の輪も拡がっており、友人への感謝の気持ちが日々増しています。

南部鉄瓶の売り場で製品に見入る中国人観光客の姿(写真・岩手県)

また、2013年には、雲南省の石林世界自然遺産を訪問しましたが、美しくも雄大な自然、また、本県三陸海岸も目指している世界ジオパークに認定されていることなどを知り、感銘を受けました。

北京では、世界文化遺産である頤和園も訪れました。清代に造園されたという大規模な庭園や湖は、まさに中国の悠久の歴史を感じさせるもので、往時が偲ばれました。一方で、訪れるたびに近代化する中心部の街並みの変化に、中国の高い経済成長を実感しています。

このほか、大連、北京、上海、広州、昆明、プーアルなど中国の各地に足を運ぶたび、土地土地の歴史に育まれた、特徴的で美味しい「食の楽しみ」に触れ、また、街並みや生活、文化の多様さに驚いています。

――今後の中国に対する期待は。

達増 2010年の上海万博に南部鉄瓶を出品した際、中国館なども参観に行きましたが、その時掲げられていた「城市、譲生活更美好」(より良い都市、より良い生活)のスローガンのように、生活をより良いものにするような科学技術の発展を、中国にも期待したいと思います。

2013年11月、「日本国岩手県と中華人民共和国雲南省との友好交流協力協定」が締結され、協定の際に、李江・雲南省人民政府常務副省長に南部鉄瓶を贈呈した(写真・岩手県)

南部鉄瓶も生活をより良くするためのものです。私たちはそこに改良をどんどん加えて生活を「より良いもの」にする努力をいたしますので、中国の伝統文化や新しい科学技術に対しても、今後の日本人の生活をより良いものにしてくださる努力を期待しています。

 

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