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対談 孫悟空が想像力をつなぐ

秦剛 北京外国語大学日本学研究センター教授  王衆一 本誌総編集長 構成=王焱

 

今年のえとは丙申で、孫悟空を手掛かりに漫画を語るのにふさわしい。両国の漫画家たちは長期にわたって真心を込めて孫悟空を描き、限りない想像力が人々に無数の楽しみをもたらしてきた。なぜ中日の漫画家はそれほど孫悟空を好むのか。中日の漫画発展史でそのイメージはどう変化してきたのか。秦剛・北京外国語大学日本学研究センター教授と王衆一・本誌総編集長がさまざまな角度から語り合った。

秦剛 王衆一

ディズニーの影響で変容

 王衆一 私の知る範囲では、孫悟空は王朝時代の小説の挿絵や民間の年画(旧正月を祝って門や室内に貼る絵)、日本の浮世絵から中国の連環画、日本の漫画化の創作まで、さまざまな姿で描かれてきました。傲来国の仙石から生まれた猿は東アジアの民間の絵画文化における不変のテーマです。

 秦剛 そうです。『西遊記』は日本の刻本に伝わると、大量の細密画や挿絵が付けられました。このため、江戸時代には多くの日本の版画家が『西遊記』を題材にした版画や浮世絵の作品を作りました。葛飾北斎の『絵本西遊記』の版画はその代表です。20世紀に入り、中国上海世界書局が1929年に『西遊記』の連環画を出版しました。日本もほぼ同じころに『西遊記』の漫画化を模索するようになりました。このうち講談社は1939年から1941年にかけて『孫悟空』『孫悟空と八戒』『孫悟空 火ノ山ノマキ』の漫画絵本3冊を次々と出版しました。

  孫悟空の同時期の細密画と浮世絵は一対と考えていいでしょう。孫悟空をそれぞれ扱った連環画と日本の漫画絵本も同じ時期に現れました。この間にはどんな影響や違いがあったのでしょうか。

  直接の影響があったとは断定しにくいのですが、源流は間違いなく同じで、共に明・清の刻本の版画です。しかし、講談社の絵本に描かれた孫悟空は衣装から画面の特徴まで、非常に多くの中国伝統芸術の要素を取り込んでいて、中国人が鑑賞しても違和感はありません。画面全体の表現でいえば、中国の連環画は舞台劇から比較的大きな影響を受けています。『西遊記』を題材にした中国の伝統演劇は特に発達しているからです。一方、日本の戦後の漫画は映画的な手法に比較的大きな影響を受けています。

  映画といえば、1941年は万籟鳴氏による中国初の長編アニメ『西遊記 鉄扇公主の巻』が公開された年です。ここでの孫悟空はすばしっこく、明らかにディズニーのミッキーマウスの影響があります。

  日本のアニメも最初期にはディズニーに学んでいます。早くも1926年には、日本のアニメの基礎を築いた大藤信郎氏がアニメ『西遊記 孫悟空物語』を製作しました。わずか8分間の作品ですが、初めて西遊記のキャラクターをアニメで描きました。しかし影響力で考えれば、後に『鉄扇公主の巻』で描かれた画期的な孫悟空とは比べ物になりません。

映画『大暴れ孫悟空』の孫悟空(提供・秦剛) 中国の連環画家・劉継氏が描いた『大暴れ孫悟空』(提供・秦剛)

  『鉄扇公主の巻』の孫悟空はやはりミッキーマウスそっくりの少年の姿をしていますが、1960年代の中国作品『大暴れ孫悟空』では青年の姿に変わっています。これは後の中国アニメにおける孫悟空のビジュアルイメージに決定的な影響を及ぼしました。こうした変化の背景は非常に面白いでしょう。

  『大暴れ孫悟空』での孫悟空は漫画家・張光宇氏が原案をデザインし、万籟鳴氏と厳定憲氏が修正しました。この孫悟空はやはりディズニーの影響を受けているように見えます。多くの曲線と円を用い、ほとんど直線がないからです。これはミッキーマウスの特徴です。しかし色彩感覚は間違いなく伝統的な中国の色彩を現代化したものです。深紅色と鮮やかな黄色の組み合わせは故宮の黄色の瓦と赤れんがという中国的な要素から生まれたはずです。

鉄腕アトムの姿にも波及

  中国で現代以降の孫悟空の姿は二つのスタイルに分かれるといえないでしょうか。一つはアニメの孫悟空で、ディズニーと深い関係があります。一方、連環画の分野ではやはり小説の挿絵の特徴がとても濃厚で、一貫して細密画や白描(主に筆線で描く技法)のスタイルが使われています。

  中国の連環画は決して子ども向けに描かれたものではありませんし、存分に漫画的な処理をされてはいません。基本的に写実的な路線を歩んでいます。面白いのは、もともと子ども向けに切り開かれた日本の漫画が『鉄扇公主の巻』のスタイルの影響を多く受けていることです。漫画の神様と呼ばれる手塚治虫先生は『鉄扇公主の巻』を見て衝撃を受け、漫画創作の原点になったと何度も書いています。

  アトムの姿は孫悟空と関係がありませんか。アトムの飛行能力や巨大な力には孫悟空の影響があると私はずっと思っています。例えばアトムの七つの威力や10万馬力は孫悟空の72変化や如意棒に対応しています。

  実際、手塚先生は『鉄腕アトム』と同時に、『西遊記』を改作した『ぼくの孫悟空』を描いています。二つの作品は並行して連載されました。キャラクターの構想の源は間違いなく関係があります。

  手塚先生が改革開放後に訪中した時、道理でアトムと孫悟空が握手するイラストを描いたわけですね。当時アトムはすでに中国で誰もが知る存在でした。手塚先生があのようなイラストを描いたのは、自分の「祖先」に敬意を表する意味があったに違いありません。

  手塚先生は『西遊記』を題材にしたギャグ漫画を切り開きました。少年漫画雑誌『漫画王』を出版していた秋田書店は手塚先生にギャグ漫画を描いてもらおうとしました。彼は『西遊記』を題材に『ぼくの孫悟空』を描き、ストーリーとキャラクターをパロディー化しました。『西遊記』はすでに広く知られていましたから、あらためてストーリーやキャラクターを細かく描写する必要はなく、自由にギャグへと入っていけました。例えばポパイが特別出演したり、金角大王がテレビ電話で部下に連絡したりします。

厳定憲と手塚治虫の両氏が1981年4月に東京で会った時に共同で描いた「孫悟空とアトムの面会」(提供・秦剛)

  こう見ると日本の漫画家は『西遊記』パロディー化の先駆けですね。中国の連環画作品のように原作にとらわれる「原理主義」に陥っていません。

  自由自在、奇想天外な発想は後に『ドラゴンボール』などの非常に個性的な作品を含め、日本の漫画に非常に大きな影響を与えました。

  中国の漫画はそうした方向に動き出したのがやや遅く、私たちの世代までずっと連環画の審美スタイルに慣れ親しんできました。1980年代の連環画の衰退には二つの理由があります。まず日本の漫画の衝撃によって若い読者を失ったからです。次に連環画自体が実験性を過度に追求し、もともとの精巧な美しさをなくし、昔からの読者を失ったからです。

  『孫悟空とアトムの知恵比べ』『孫悟空対トランスフォーマー』など、1990年に中国連環画出版社が出版した新しいタイプの連環画数冊がこちらにあります。そのテーマやキャラクターから日本の漫画や米国のアニメの衝撃は分かるでしょう。

  え? これは面白いですね。構想が奇想天外ですし、同時に焦りも感じられます。連環画から漫画への過渡期に、当時の中国が守勢に立たされていたことが見て取れます。

自由自在の創作の時代へ

  当時、これらの外国アニメのキャラクターを取り入れなかったら、連環画は魅力をアピールできませんでした。題材からスタイルまで、中国の連環画の創作がもつれ、引き裂かれていたことがここから分かります。こうした外来の衝撃は連環画の現代漫画への転換を促しました。1993年、連環画家の譚暁春氏は現代のこま割り技術を使って漫画『蟠桃会』を創作し、取経から戻った孫悟空が現代にやって来たエピソードを描きました。孫悟空の頭にはめられていた緊箍児はなくなっていて、72変化には戦闘機があります。仙人たちも時代と共に発展し、出国した者や商売をする者もいます。天宮も宇宙ごみ(スペースデブリ)に襲われます。今では新世代の漫画青年が孫悟空を題材にした大量の漫画を創作し、昔ながらの物語の束縛を受けていません。彼らは自由に解体し、再構築しています。

  現在、中国の現代漫画も成熟へと向かっています。日本の漫画家と中国の漫画家たちは想像力を縛っていた緊箍児を相次いで投げ捨て、まったく新しい自由自在の漫画創作の時代に入りました。振り返ってみると、中日両国は孫悟空というイメージの審美において時には分かれ、時には接近しましたが、最終的には互いに影響を与え、共に発展しています。

現代漫画『尋師伏魔録』(2015年~、馬鮑方ら)の孫悟空(コミックール提供)

  中日両国の多くの漫画における孫悟空の姿や人物設定はいま、現代的なセンスに富むと同時に、中日に共通する審美的な要素を持っています。今後は中日両国の漫画家が対等に交流する時代に入ると私は感じています。

  そうですね。中日両国の漫画業界の有識者が今年、第1回中日漫画コンテストを開催しようと計画しています。両国の漫画創作の愛好家を招き、同じ舞台で切磋琢磨し交流するのです。人民中国雑誌社も関わります。私はコンテストを「悟空杯」と命名するよう組織委員会に提案し、すぐに皆さんの同意を得ました。

  本当にいいアイデアです。ちょうど今年は申年ですから、中国でも日本でも「悟空」の名はぴったりです。ほかのキャラクターを出すと、中国で通じても日本では通じなかったり、日本で通じても中国では通じなかったりします。しかし孫悟空といえば誰もが共通認識を持てます。孫悟空の名前は中日双方の漫画クリエーターの想像力を同時にかき立てます。

  孫悟空は中日漫画文化の最大公約数といえます。中日両国の現代漫画の発展過程で、孫悟空のまとったロマンチシズムをいっそう発揮させましょう。まず中国の細密画とアニメに描かれた孫悟空が日本の漫画に影響を与え、後に日本の漫画の孫悟空が過渡期の中国漫画に影響を与えました。今日、両国の孫悟空は共に思考を縛る「緊箍児」を外しています。きっと想像力の翼を広げ、手を取り合って東アジアの漫画文化を未来へと導くでしょう。

 

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