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中医学 日本ではひそかなブームに

于文 賈秋雅=文 賈秋雅 単濤=写真

「中医」という言葉は日本ではまだまだ馴染みが薄い。しかし、街では所々で、鍼灸、推拿(整骨を含むマッサージ)、薬膳、漢方といった言葉を目にする。実は、これらはすべて「中医」(中国伝統医学)に属する「仲間たち」だ。

一方、現代中国では、中医は西洋医学との融合も含めて、今も現在進行形で進化し続け、「伝統」の枠を飛び越えて、ますます庶民の暮らしにとけこみ、さまざまな領域で現役で活躍している。

ダイエットなどの美容健康、メタボリックなどの生活習慣病予防に、中医は実は非常に効果的だ。また、中医の一つである薬膳と近ごろ流行のロハス(LOHAS)などは、根底の部分で共通した思想・哲学をもっていたりもする。

古くて、新しい中医。そんな中医の世界をご案内します。

街で評判の推拿診療所

東京中医学研究所の孫維良所長
 JR市ケ谷駅の近くに、「東京中医学研究所」という推拿専門の診療所がある。この診療所はたった一部屋の大きさしかないのに、ここに治療に訪れる患者は後を絶たず、その患者数は毎日平均3、40人にもなる。

診療所の看板には、「30分3000円」という診察料が書かれている。ところが、孫維良所長自身の診察を希望する場合は、30分1万円も必要で、それも必ず予約を入れなければならない。しかし、毎日数十人もの患者の半分以上が孫所長の予約患者だそうだ。ところで、日本では推拿診療所で受けた治療は国民健康保険が適用できないため、治療費は患者の全額負担となる。

小さい上に、治療費も相当高額なこの診療所が、どうしてそれほど多くの患者を引きつけるのだろう?

奇跡の指

赤枝さんの夫はある病院の理事長で、娘婿も医師だ。彼女は手根管症候群(手の指がしびれるなどの症状)を患っているのだが、夫の病院の医師たちも赤枝さんの病気を治せないでいた。彼女の病状は自分でボタンの止め外しもできないほど悪化していて、介護なしでは生活できない状態だった。医師の診断では、治癒するためには手首の切開手術する必要があるとのことだったが、彼女はそれを聞いて、怖くなってしまい、ほかの治療方法がないものかとあちこち尋ね回った。

友人の紹介で、彼女は半信半疑で孫所長を訪ねた。最初の推拿治療の後、手首の痛さがいくらか和らぎ、何度か通院した後には、手は簡単な作業ができるほどに回復した。推拿の治療効果がてきめんだったので、彼女は元の病院での手術の予約を取り消した。そして、十数回にわたる推拿治療の後、彼女の手はほぼ完治した。

本来医療機器を使用した手術でなければ治療がかなわなかった赤枝さんの手は、見た目には何ということもない推拿の治療で治癒された。これには病院の理事長である彼女の夫もたいへん驚き、感動した。それは中医の一つである推拿の治療効果に対する驚きであり、妻が正常な生活を取り戻せたことに対する喜びだった。

女優の藤原紀香さんも孫所長の患者で、藤原さんは孫所長を「奇跡の指を持つ人」と絶賛した。彼女は自伝で、「疲れがたまって、首が回らない、腕が上がらないなど、緊急時の駆け込み寺」と東京中医学研究所のことを語っている。

人助けを志す

孫維良所長はいつから「奇跡の指」を持つようになったのだろう。聞くところでは、彼は12歳の頃から推拿の存在を知っていたらしい。

当時、彼の母は不眠症を患っており、さまざまな治療方法を試したものの、まったくその症状は回復が見られなかったそうだ。近所に有名な推拿の先生がいて、そこには毎日、開院前から大勢の人が行列をつくって、診療に来ていた。母の症状を治すために、彼はいつも早起きして列に並ばなければならなかった。そうする内に、彼は、「推拿は薬を使わない医術だ。何の痛みもなく、病気を治し、人を助けることができる。機会があれば、必ず推拿を学びたい」と考えるようになっていた。

孫所長が17歳の当時、中医関連の人材が不足していたため、学業品行ともに優れていた彼は、選抜されて中医を学ぶことになった。多くの中医の専攻分野の中から、彼は迷うことなく推拿を選択した。そして、天津中医学院に入学を果たすのだが、そこで彼はある推拿の名医と運命的な再会を果たし、師事することになる。その名医こそが昔彼が不眠症の母のために列に並んだ胡秀章先生だったのだ。勤勉な彼は、その後推拿の本を出版し、テレビやラジオにも頻繁に出演するようになり、推拿界の星となった。

1984年、東京中医学研究会の永谷義文会長が訪問団を率いて、天津中医学院第一付属病院を訪れた。訪問団の一行には腰に重病を抱えた女の子もいて、彼女は自力で歩行することができず、兄に背負われて、中国に来ていた。訪問団が推拿科を訪ねた時、その女の子は微かな期待を胸に、若き日の孫所長の推拿治療を受けた。そして、奇跡はおきた。女の子は歩けるようになったのだ。彼女の兄も飛び上がらんばかりに喜んだ。「肩の荷」は軽くなり、心の負担も和らげられたのだった。

1987年、彼は永谷会長の招きで来日し、日本での推拿の普及発展事業に従事した。2000年には、その素晴らしい貢献が評価され、彼は日本文化振興会から「社会文化功労賞」を受賞した。

身近な療法

中医学研究所の人気について、孫所長は、「さまざまな医療器械を用いずに、かつ、痛みをほとんど伴わないで患者を治す『奇跡の指』が存在する以外に、欧米人と違って、東洋的伝統文化を共有する日本人にとって、推拿は鍼灸や吸い玉、足ツボマッサージなどと同様に身近な自然療法といえるからだろう」と分析する。

赤枝さんのような患者たちはさまざまな治療方法を試しても効果が得られなかった後、中医療法に対する試みへと自然に辿り着く。実際に、東京の街中には至るところで整体・推拿の看板が目に付く。その事実からも推拿療法が日本人の生活の中で大切な役割を果たしていることがわかる。

「推拿は機械的治療ではなく、患者さんのその時々の具合に応じて治療するもので、会話をしながら推拿を施すことで、患者さんの痛みは徐々になくなり、その心も知らず知らずに癒されるのです」と、孫所長は語る。あるいは、これこそが東京中医学研究所が繁盛している最大の理由なのかもしれない。

豆知識 推拿療法とは

推拿療法とは、古くから伝わる中医の中の三大療法の1つで、日本的に表現するならば、総合的整体術といえるだろう。日本ではこれまでにまったくない療法であり、また西洋医学の長所も積極的に取り入れた手技療法である。

推拿とは、その効果の1例として、「痛みを取り除く」などがあり、治療者は自分の手で、いわゆる「気」によって病気の元を探し、改善していく。薬や器具などは一切使わないといった安全性と苦痛を伴わないのが特徴であり、その適用範囲の広さと即効性については、中国各地の中医大学や中医病院に「推拿科」が設置されている事実から見ても分かるように、世間一般に認められており、一般的な療法として認知されている。

整形外科系の痛みがなかなか消えない場合、その原因として「骨のズレによるもの」という診断があるが、中医では「筋肉の癒着によるもの」もあると考えられており、その事実は医学的にも証明されている。さらに西洋医学では対応が難しいとされる難病や、原因不明の痛み、痺れ、神経系統の疾患などに推拿療法は用いられている。 

  

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