中国のヘッドコーチになった理由

 

シンクロナイズドスイミング コーチ井村雅代迷いはなかった  アテネ五輪が終わり、私は6年間務めた日本代表ヘッドコーチの仕事にピリオドを打った。自分のクラブで若手選手の指導に専念していた時、中国から思わぬ連絡が入った。

 

「今度の五輪でメダルを取りたい。何色のメダルでも良い。そのために、今、一生懸命がんばっているが、経験もノウハウもない。あなたの素晴らしいコーチ力を貸してくれないか」と。

 

日中関係をめぐって、必ずしも友好とは言いがたいムードが漂っていたころだった。にもかかわらず、中国はあえて日本人の監督に要請を出したのだった。五輪のホスト国として、失敗は許されない。背水の陣をしいて私の技術を必要としている。

 

「これじゃ、もう断れない」。すぐに心を決めた。

 

しかし、世間の受け止め方は真っ二つに分かれた。「素晴らしい決断をしたね!」と言ってくれるのと、「何を考えてるんだ。日本のノウハウを敵国に売って!」という非難の声だ。

 

中国の選手を指導する井村雅代さん


果たして私は、人の道に背いたことをしたのだろうか。繰り返し自分に問うた。日本代表は今まで世界でメダルを取り続け、世界トップレベルの自負がある。国際化に伴い、異国間交流が非常に大事になっている時代の中で、同じアジアの仲間として、どうして中国の要請を断ることができよう。

 

様々な意見があったことを承知した上で、自分が中国チームの指導に当たることに、迷いはなかった。世の中はもう技術を隠す時代ではない。交流を通して、自分の良さと相手の良さを知り、その上で、互いにどんどん強くなっていく。これこそ、「勝つ」ことなのである。 北京にフィット  中国代表ヘッドコーチを引き受けた後、しばらくはこれまでの仕事の整理もあり、日本と中国の間を行ったり来たりして指導していた。5月以降、やっと拠点を北京に移し、本格的に北京五輪に向けてのトレーニングを始めた。北京は食べ物がおいしいし、困ることは何もない。梅雨時、じめじめした日本に帰ると、乾燥した北京が懐かしくさえなる。

 

指導の際は、白慕イさんという優秀な通訳がいてくれるお陰で、選手たちと何の隔たりもなく意思疎通ができる。ただし、通訳はリアルタイムで伝えられないという悔しさがある。その度に、中国語が話せたらいいなと思っている。

 

ようやく今、よく使う短い言葉を少し覚えたところである。一方、選手たちもどんどん日本語を覚えてくれている。シンクロは採点競技なので、選手の気持ちがそのまま動作に反映する。そのため、心のありかたの基本として、挨拶の大切さを繰り返して強調してきた。嬉しいことに、中国人選手たちは、今、「おはようございます」「お疲れさま」「ありがとうございます」などと、実に流暢に話せるようになっている。 嬉しい変化  6月29日に、中国国際放送局(CRI)とNHK国際放送局が共同企画した「中日インターネット対話」というラジオ番組に出演した。両国のリスナーの声が直接聞け、彼らの疑問にその場で答えられる、なかなか面白い体験だった。

 

 ところで、その番組が事前に行ったインターネット調査では、私の予想を上回る結果が出た。私の中国代表ヘッドコーチ就任について、「高く評価する」と答えた人は、日本と中国のいずれの国でも七割を超えた。その一番の理由は「本当の意味でのスポーツ交流。日本と中国の理解を深めることができる」というものだった。とても励まされた、嬉しい結果だった。

 

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