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中国・オリンピック雑学

 

周継紅 馬燕紅  王義夫 

◇周継紅――中国最初の飛び込みゴールドメダリスト 

1965年湖北省武漢市生まれ。小学校の時に体操を練習したが、1977年、武漢体育館アマチュアスポーツ学校に入学以来、飛び込みのトレーニングを開始。同年、湖北省チームに入り、1982年、国家飛び込みチームに入団。1984年の第23回ロサンゼルス大会で、女子高飛び込みで優勝した。以来、飛び込みは中国がオリンピックで毎回、金メダルが獲得できる唯一の競技となった。

 

◇馬燕紅――中国最初の体操チャンピオン 

1963年北京生まれ。1972年、8歳の馬は什刹海アマチュアスポーツ学校に入り、体操の練習を始めた。1975年、彼女は「八一」体操チームに選ばれ、1978年、国家体操チームに入団。1984年の第23回ロサンゼルス大会で、馬燕紅は完璧な演技で10点満点を獲得、中国最初のオリンピック体操ゴールドメダリストとなった。

 

◇王義夫――オリンピックに最多出場選手 

1960年遼寧省遼陽市生まれ。王義夫は1984年から2004年まで、6回連続でオリンピックに参加している。1984年の第23回ロサンゼルス大会で、24歳の王は男子フリーピストル遅射ちの銅メダルを獲得。1992年のオリンピック大会では金メダルを獲得、1996年と2000年の大会では、それぞれ銀メダルを手にしている。

 

張山  楼雲   鄧亜萍

◇鄧亜萍――金メダル、最多獲得選手 

1973年河南省鄭州生まれ。5歳のときから父に従って卓球の練習を始めた鄧亜萍は1988年、国家卓球チームに入団。のちオリンピック金メダル4枚、世界チャンピオン14回を獲得し、8年連続で女子卓球世界ランキング1位となった。1992年の第25回大会と1996年の第26回大会で女子シングル、女子ダブルス(喬紅とのコンビ)チャンピオンを獲得した鄧亜萍は中国のオリンピック歴史において、2回連続で卓球のオリンピック金メダルを獲得した唯一の選手である。

 

◇張山――男子選手に打ち勝った唯一の女子ゴールドメダリスト 

1968年四川省南充生まれ。16歳半の時、初めて射撃に触れた張は、1984年、四川省射撃チームに選ばれ、1989年、国家チームに入団。1992年のバルセロナ大会の男女混合ダブルストラップ種目で、張は予選試合も決勝戦も、満点の成績で数多くの男子選手に勝ち、金メダルを獲得。まもなく、国際オリンピック委員会はこの種目を廃止。1997年以降、この種目を回復したが、男女別々にするようになった。こうして、張山は男子選手に打ち勝った唯一の女子オリンピックチャンピオンとなった。

  

◇楼雲――2回連続金メダルを獲得した中国最初の選手 

1964年浙江省杭州生まれ。11歳から体操を練習し始めた楼雲は14歳の時、国家体操チームに入った。1984年の第23回ロサンゼルス大会と1988年の第24回ソウル大会で、それぞれ男子跳馬の金メダルを獲得、中国のオリンピック歴史において初の2回連続で金メダルを獲得した選手となった。

 

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