日本の産業翻訳の現状と今後の発展について

株式会社翻訳センター 代表取締役社長 東 郁男

日本の産業翻訳業界は1960年代の高度経済成長時期に形成され、輸出産業の発展とともに個人や中小規模での事業展開を中心に拡大し続けている。

社団法人日本翻訳連盟(以下、JTF)は、「翻訳に関わる」「翻訳を必要とする」企業・個人・団体を会員とする日本唯一の翻訳業界団体として1981年4月に創立、1990年9月に経済産業省より認可され社団法人となった。経済産業省認可の公益法人として翻訳事業に関する調査、研究、研修会、人材育成等の実施及び翻訳関連の国際会議等への参加を通じて、翻訳事業の振興を図り、日本経済社会の発展に寄与することを目的としている。2008年3月末現在の会員数は、法人会員124、個人会員312、賛助会員3の合計439名(社)、加盟・協力団体は14にのぼり、他団体が主催する会議等へ参加するなど横の交流も適宜図っている。

JTFの活動の柱には、年2回実施する「ほんやく検定」がある。前身の翻訳認定試験を開始したのが1986年、その約10年後にはインターネット受験システムも導入し、居住地を問わず全世界からの受験が可能となった。受験科目には基礎レベル(4~5級)と実用レベル(1~3級)があり、2級以上の合格者はJTFのホームページにプロフィールの登録掲載が可能となる。登録することでJTF加盟の法人会員企業から仕事を獲得する機会が広がり、将来フリーランス翻訳者として独立を目指している人には合格を機に独立への道が開かれる。私は2006年6月よりJTFの会長職に就いている。同年4月には私が代表を務める(株)翻訳センターも日本の翻訳専業会社で初の株式上場を果たした。

ここで、私自身の経歴、(株)翻訳センターの概況について少し紹介させていただきたい。

現在、私は(株)翻訳センターとグループ子会社(株)国際事務センターの代表を務めている。

1961年鹿児島市東桜島町生まれ、高校まで鹿児島市内で過ごした後、京都産業大学外国語学部でスペイン語を専攻。大学卒業後は大阪市の通信設備工事会社に入社し、3年ほど海外通信工事関係の管理業務に従事した後、人事部人事課へ異動となり、主に採用・教育業務を担当。管理業務に就いていた頃、技術仕様書や契約書を自ら翻訳する機会があり、将来的に日本と海外との取引はますます増えていく。であれば必然的に翻訳の需要も伸びると考え、翻訳業界への転職を決意し、1992年に翻訳センターの前身である(株)メディカル翻訳センターの関連会社、(株)京都翻訳センターに転職した。当初は、営業兼コーディネーターとして、新規開拓、既存顧客対応から翻訳者の手配、翻訳原稿の一次チェックまで、社内工程をひととおりこなした。その後2年間は主に工業・医薬関係の営業兼コーディネーター業に従事し、1994年には関連企業である(株)東京メディカル翻訳センターへ転籍、営業部員を統括するマネージャー職に就く。そして、3年後の1997年に(株)翻訳センター(同年に関西翻訳センターから社名変更)の取締役、2001年秋に同社代表取締役社長に就任した。社長職に就いて今年で7年目になるが、今でも現場で営業兼コーディネーター職に従事していた頃の初心を忘れずに日々、尽力している。

(株)翻訳センターと中国との関係はといえば、当社では2002年から中国語翻訳に力を入れており、今では英語に次ぐ受注規模の言語にまで発展した。売上規模の拡大に伴い、品質管理体制の強化にも力を入れ、社内には複数名の中国人スタッフが常駐し、高品質の翻訳サービスを提供している。ここ数年は、英中・中英の翻訳が増加傾向にあるが、これは英語圏の企業のグローバル戦略にアジアが欠かせない地域である証と思われる。当社もその動きに着目し、現在、中国国内での営業拠点設立も視野に入れている。

日本の産業翻訳の市場規模は推定で約2000億円、翻訳会社数は約2000社、フリーランス翻訳者は約30000人いるといわれている。また、企業がグローバル戦略を継続する限り、そこには必ず産業翻訳の需要が存在する。その他にも、顕在化していないニーズ、つまり、翻訳業務をアウトソースせずインハウスでおこなっている企業の潜在需要も合わせると、日本国内の産業翻訳の需要は確実に増加するものと確信している。ここ最近の景況は不透明感を増しているが、産業翻訳業に限っては、好不況の影響は少ないといえるのではないだろうか。翻訳会社側が顧客企業に積極的に働きかけ、翻訳案件を掘り起こすことができれば、翻訳業界全体での需要は逆に増加するはずである。

むしろ、課題は需要面にあるのではなく、供給面、つまり人的リソース(翻訳者)の不足にあるのではないか。もし潜在的ニーズを掘り起こすことで将来的に翻訳市場の拡大が進んだとき、約30000人というフリーランス翻訳者だけでは受け皿としては足りないだろう。

では、供給面を補うためには何をすべきか、そこで考えるのは、翻訳業界独特の労働形態である「業務委託制度」の有効活用である。昨年、日本国内では団塊世代の一斉退職が始まった年、いわゆる『2007年問題』が話題になったが、企業で長年培った経験や実績を活かす場として、産業翻訳業界は非常に適していると思われる。なぜなら、産業翻訳は語学力と専門技術・知識を兼ね備えて初めて成り立つ仕事であるからだ。自分が長年培った専門技術・知識を活用するには、産業翻訳は最も適した業界のひとつと言えるのではないか。また、PCインターネットなどの作業環境さえ整っていれば、働く時間や場所も融通が利く。中国では兼業の翻訳者が多いと聞くが、日本の場合は、兼業だけでなく、例えば、定年退職された人々や事情によりフルタイムで勤務できない人などにもビジネスチャンスは拡がるはずである。雇用・労働形態の多様化も見据えた上で、業界としてもっと裾野を広げ、翻訳業界に新たに入って来る人の数を増やす努力をしていく必要があると思う。需要と供給のバランスが、産業翻訳業界の今後の市場拡大には不可欠である。

バランスといえば、「品質、スピード、価格」というサービスの3要素のバランスも大切だ。重要なことは、翻訳サービス業として、顧客ニーズを的確に把握し、顧客に満足してもらうことである。そして、今後も顧客満足度の高いサービスを提供することにより、当社の経営理念である「産業技術翻訳を通して、国内・外資企業の国際活動をサポートし、国際的な経済・文化交流に貢献する企業を目指す」ことを実現していきたいと考えている。

最後になるが、私たち産業翻訳に携わる全ての人が、企業のグローバル化を「ことば」で支えているという誇りと広い視野をもち、互いに切磋琢磨しあう関係を築きあげることが業界のボトムアップに繋がると思う。私は自社の経営を通して、また、JTF会長として、自社と外郭団体と両方の立場から「産業翻訳業界の地位向上」のため日々尽力していく所存である。0807

 

人民中国インターネット版 2008年7月17日

 

 
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