三国人物の隈取り・文醜

写真・文 魯忠民

京劇の隈取り 「文醜」趙永祺作
文醜は、三国時代の河北の名将である。身の丈8尺の大男で、顔は獬豸(伝説上の神獣)のようであったとされている。顔良、文醜を先鋒にして10万の精兵を率いた袁紹が、曹操を攻撃。曹操は輜重(食料、武器などの軍需品)を路上に放置し、袁紹軍の混乱を狙う策略を用い、これにかかった顔良と文醜を殺害する。

『三国志演義』や伝統的な戯劇では、顔良と文醜は関羽の引き立て役として知られる。

徐州を攻め落とした曹操は、劉備を追い散らし、劉備の家族を護衛する関羽は、山の上に立てこもる。張遼が説得にやってくると、関羽は降伏の条件として三つをあげる。その一、漢の天子に降伏するのであり、曹操にするのではない。その二、二人の兄嫁(劉備の妻)を礼をもって遇する。その三、劉備の行方が分かり次第、直ちに駆けつける。曹操はこれを認め、関羽に呂布の赤兔馬や新しい長衣を贈り、手厚く礼遇する。

そのころ劉備は袁紹の元に身を寄せていた。袁紹が曹操を攻め、顔良、文醜は果敢に曹操軍の大将を次々に斬り倒してゆく。袁紹の恨みを劉備に向けさせようと、曹操は関羽を出陣させる。曹操への恩返しにと出陣した関羽に敗れ、文醜は顔良とともに命と落とす。

 

 

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