『花の生涯 梅蘭芳』

 

 監督 陳凱歌 (チェン・カイコー)

 2008年 中国  147分 2009年3月7日 日本公開

あらすじ

幼くして両親と死に別れ、孤独な少年時代を過ごした京劇の女形役者梅蘭芳は、芝居好きの高級官僚邱如白の啓蒙を受け、旧態依然とした様式芝居の改革を試み、当代随一の人気立役者で師匠でもあった十三燕と対立、客入りの勝負をすることになる。初日にこそ完敗した梅蘭芳だが、当時としては革新的な創作京劇を上演し、若い観客層の心を捉え、十三燕に圧勝する。

新しい京劇の時代の幕開けと共に、押しも押されぬ大スターとなった梅蘭芳のその後の人生は山あり谷ありで、芸術のために最愛の女性との恋を諦めざるを得なかった一方で、アメリカでの興行では大成功を収める。やがて、芸の円熟期にさしかかった頃、日本軍の中国侵略が始まり、日本の陸軍は梅蘭芳を利用して中国の人心を懐柔しようとするが、梅蘭芳は己の命を賭して舞台に立つことを拒否する。梅蘭芳が再び舞台に立ったのは、日本が敗戦した8年後だった。

解説

同じ京劇に題材を取った『さらば、わが愛 覇王別姫』の成功から15年、陳凱歌監督が再び挑戦した京劇のバック・ステージ物だが、完全なフィクションだった前作とは異なり、今回は中国人で知らぬ者はいない名優の伝記映画である。京劇の役者は紙の枷を着せられているという映画の重要なテーマは、実は偉人の伝記映画という枷を負った監督自身のことを指しているようにも思われる。そうした枷を負いつつも、青年期の梅蘭芳と十三燕(有名な俳優の譚鑫培がモデル)が興行成績を競うシーンは非常に見ごたえがある。舞台では一人の役者として人気絶頂の後進の梅蘭芳と張り合いつつ、舞台を下りれば師として、人生の先達として、梅蘭芳を教え諭す十三燕の人物造型が際立っている。芝居に魅せられたあまり、官僚としての地位も捨て、善悪も是非もなく、ひたすら梅蘭芳にのめりこむ邱如白は、むしろ主人公よりも監督の思い入れが強いようにも感じられる。梅蘭芳と妻の福芝芳が夫婦でもあり、同志でもあるという姿には、まるで監督と芝芳を演じるプロデューサーでもある陳紅の夫婦関係が投影されているようで、これも興味深い。

ただ、日本人の眼から見て、どうしても納得がいかないのは日本軍の将校の描写である。少将が軍刀まで抜いて梅蘭芳に迫ったのに、部下の少佐に説得されてあっさりと引き下がるというのは、少しでも日本の軍部の体質を知っている者にはどうにも不自然だし、田中少佐の軍人らしくない言葉遣いも気になるところだ。姜文の『鬼が来た!』は、兵隊役を演じることが多いという日本人出演者による的確な助言があったせいか、完璧な軍隊用語が使われていて、リアリティーがあった。ただ、この映画にしても、どうして河北の内陸部に日本の海軍が駐屯しているんだ?という致命的欠点はあるけれども。  

見どころ

『覇王別姫』のレスリー・チャンは実人生でも女形をひきずった程蝶衣にぴったりのキャスティングだったが、今回の梅蘭芳は、舞台では女性だが舞台を降りれば一人の男性なので、伝統演劇の基礎がある普通の男の子の余少群をキャスティングしたのは炯眼だった。それにしても、女形を演じるのは初めてという彼の劇中劇での梅蘭芳の代表作の再現シーンは、梅蘭芳の子息の梅葆玖を始めとする梅派の全面的協力の賜物とはいえ、見事の一言に尽きる。舞台衣装もすべて梅蘭芳が実際に着た物だそうである。この前半の京劇の部分だけでも、この映画を見る価値は十分にある。

映画出演は初めてという余少群の芝居を支えた十三燕役の王学圻の演技は特筆に価する。軍の劇団に所属し、陳監督の『黄色い大地』や『大閲兵』、姜文の『太陽の少年』など、軍人役の多かった彼にこの役を振った監督もすごいが、それに見事に応えて、民国の梨園の役者を演じきったその役者魂に感服。その他にも、孫紅雷、英達、呉剛、潘粤明、と芸達者の男優が勢揃いして、それぞれの演技を楽しませてくれる。そんな彼らの中にあって、レオン・ライは確かに分が悪かった。チャン・ツィイーと陳紅は適材適所で頑張っていると思うが、二人が女の争いを演じてみせる原因となる肝心の夫であり、恋人であるレオン・ライの演技に情感が欠けているので、感動に至らないのが惜しい。

 

人民中国インターネット版 2009年5月20日

 

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