「世界の工場」から資本輸出国への第一歩

 

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長を務めた。
今年10月、中国は建国60年の節目の年を迎えます。この節目の年に、中国は歴史的転換の到来を迎えようとしています。それは、中国の対外直接投資が中国への対内直接投資を上回ることが確実になったということです。

例えば、スタンダードチャータード銀行によると、中国の2009年の対内直接投資は800~1000億ドル、対外投資は1500~1800億ドルと予想されており、対外投資は対内直接投資を大きく上回ることになります(表Ⅰ参照)。

中国は、これまで「世界の工場」として、また、近年では、「世界のオフィス」を目指し、世界経済の発展に大きくかかわってきましたが、2009年には「世界の資本輸出国」への第一歩が記されるわけです。

M&A方式が「走出去」戦略の主軸へ

中国は、1999年以来、中国企業の海外展開を促進する「走出去(海外への資本進出)」戦略を積極推進していますが、その中心が対外直接投資です。注目すべきは、M&A方式(一部あるいは100%の株式取得、買収、出資・経営参加など)による投資が急拡大している点でしょう。

表Ⅱは、今年に入ってからのM&A方式による中国企業の海外進出の主要例を整理したものです。中国の対外直接投資の30%から40%がM&A方式によるとされており、近年、①M&A関連法規の制定やM&A資金の貸付を制度化するなど国家によるM&A環境の整備が急ピッチで進められていること、また②金融危機の影響でM&Aコストが下がっていること、そして③成長維持のための資源需要の拡大、などを背景に、M&A方式が対外直接投資の主役になりつつあります。特に、資源関連のM&Aが多く、かつ6月に集中していることがわかります。

さらに、英国、イタリア、ドイツ、フランスなど中国企業の進出を歓迎する国が増えており、M&A方式での海外展開を、「今がチャンス」とみる中国企業は少なくないといえます。今年11月には、中国で対外投資だけを内容とする展示・商談会としては初めてとなる「第1回中国対外投資協力商談会」が北京で開催されますが、こうした企画も企業の「チャンス心理」をさらに増幅することになるでしょう。

 

求心力から遠心力へ

今年6月、アモイ(廈門)で開かれたモーターショーに出品された「ハマー」(東方IC)

6月には、マスコミを大いに騒がせたM&Aが2つありました。1つは、中国最大の有色金属企業であるチャイナルコ(中国アルミ業公司)によるオーストラリアのリオ・ティント社(世界第3位の鉱業大手)のM&A(転換社債引受け、資本参加など195億ドル)。これは中国企業によるM&Aとして過去最高額になる予定でしたが、成立寸前で破綻しました。鉄鉱石の国際価格が高値傾向となり資金繰りに目途がついたことや戦略資源分野への外資参入に豪政府が難色を示したことなどが撤退理由として取り沙汰されています。

目下、リオ・ティント社は一度は提携を考え、断念していた英豪BHPビリトン社との「より」を戻そうとしており、中国鉄鋼協会は、両社の提携は独禁法に抵触するとして「異議あり」の姿勢にあります。この買収劇は、2005年に中国海洋石油が米石油大手のユノカル社を買収(185億ドル)しようとしたとき、米議会から安全保障上の問題が指摘され、買収断念となったケースとダブります。中国企業にとって、大型、とくに、資源分野でのM&A案件は成立に至るまで紆余曲折が伴うようです。

もう1つが、騰中重工による、米連邦破産法11条を申請し経営再建を目指している米GM社傘下の自動車ブランド「ハマー」の買収です。騰中重工は、四川省の民営企業で、今回のM&Aの一件がマスコミに報じられるまではほとんど目立たない存在でした。GMブランドのM&Aを快挙とする声がある一方で、買収資金をどう工面するのかなどいろいろな憶測が飛び交っていますが、経営再建中とはいえ、世界のGM社のブランドのM&Aに、無名に近い地方の民営企業が名乗りを上げること自体、中国経済の底力といえるでしょう。

日本企業のM&Aでは、中国の家電量販最大手の蘇寧電器が家電量販大手のラオックスに出資し、傘下に収めると発表しています。中国企業が日本の上場流通企業の経営権を握るのは今回が初めてですが、蘇寧電器にとっては国際化戦略の第一歩となり、また、ラオックスには経営改善が期待されるなど、このM&Aに肯定的な声が多いようです。

資本輸出国として定着するまでの道のりは平坦ではないものの、中国は外資を自国に引き寄せる「求心力」発揮の時代から、M&Aを通じて中国企業の海外展開を後押して世界経済に打って出るといった「遠心力」発揮の時代を迎えつつあるといえます。

 

人民中国インターネット版 2009年10月

 

 

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