「姿勢」

姜陸波 上海師範大学

私が初めて剣道場に入ったのは中学の時だった。その時、私の好奇心が先ず感知したのは、整然とした秩序だった。質素だが、ピカピカしている床、そこにきちんと置かれている防具。全てが落ち着いていて、整然としている。稽古をしている人間も例外ではない。みんな背筋をピンとさせて素振りをしている。竹刀を振る度に、「はっ」という低い声と、「ヒュッ」という音がする。中国の武侠映画に出てくるドタバタは少しもない。当時の私には分からなかったが、動いている人が落ち着いているように見えたのは、剣道の「姿勢」のせいだった。入門以来、この姿勢が、私の生活の中で最も日本的なものとなっている。そして、私の師範の口癖・「剣道は姿勢」が私の原点になっている。

もちろん姿勢といっても、色々ある。それは、剣道には多くの型があるからだ。上段、中段、下段、八相、脇構。上段はさらに左上段と右上段の二つに分かれ、中段から発展した青眼もある。このような型は、剣道の姿勢に対する要求が如何に厳格かということを表している。それは当然だ。動作は、全て最初の姿勢から生み出されるからだ。今、師範の試合を見ていても、姿勢の大切さがよく分かる。ゆったりと構えて、ある時、ほとんど動かなくなる。と、次の瞬間、鏡となった水面から巨大魚が飛び出すように、ものすごい勢いの一撃が相手の面を襲う。決まった!腕と竹刀が一直線になる。この美しいフィニッシュも、最初の姿勢がきちんとしているからこそなのだ。

 しかし、この姿勢を身につけることは大変なことだ。多くの人は、竹刀を振る時、肘と肘が自然に離れてしまう。そのせいで体全体の姿勢が崩れ、力が竹刀に伝わらなくなるのだ。困難は、技術上のことだけではない。誰でもそうだが、早く試合がしたい。だが、やらせてもらえない。私達がどんなに頼んでも、師範は「剣道は姿勢」といって、素振りを強制し、その姿勢をチェックする。それが嫌でやめる人も少なくない。実は、私自身も姿勢とそのための素振りには、うんざりしていた。それでも、何とか今日までやってこれたのは、やはり師範のおかげだ。師範の剣道、教育への「姿勢」が、私達を動かすのだ。

私の師範は中国人で、もう50歳をとっくに過ぎている。だが、今でも、私達と一緒に準備運動からはじめ、私達と一緒に汗を流す。常に私達の稽古に目を光らせ、私達が少しでも怠けると、容赦なく竹刀で尻をたたく。また、少しでも間違った稽古をしていると、直ぐに誤まりを指摘し、模範を見せて何度も練習させる。私は最初、竹刀の柄が正しく持てなかった。よく野球のバットを握るようになってしまった。それを見た師範は、手と手が引っ付かないように、それぞれの手をベルトで柄に縛った。そして、そのまま、手に力が入らなくなるまで、素振りをさせた。本当に厳しい、鬼の師範だ。

しかし、優しいところもある。ある時、私は他人の汗を踏んで転倒してしまった。脚が変な曲がり方をしたせいで、激痛が走った。師範は血相を変え、飛んで来た。「大丈夫か」といいながら、懸命に脚をマッサージしてくれた。また、稽古が終わると、いつも父親のように接してくれる。私達が楽しみなのは、師範の体験談だ。師範は色々な国に行ったことがある。もちろん日本経験も豊富だ。師範によれば、日本人の練習者は礼儀正しい。それは剣道をする時だけではないそうだ。ある時、師範はこんな話をしてくれた。

「彼らと食事をした時、部屋が静かになった。箸の使い方が実に上品で、音を絶対立てない。箸で少しづつ取って、優しく食べる。我々が想像する乱暴な武士とはぜんぜん違う。むしろ貴族のようだ。日常の礼儀ができているから、剣道もできる。逆も然りだ。剣道で礼儀を身につけ、日常を律するんだ。」

私は、師範の話を聞き、師範と稽古を重ねるうちに、「姿勢」とは何かが少しずつ分かってきた。剣道が教えるのは、如何に相手を負かすかというより、如何に人を遇するか、ということだ。もちろん己に克たないと剣道の技は身につかない。だが、その技を本当に己のものにするためには、他人と一緒に稽古を積まなければならない。相手を尊重し、共に成長していくのが剣道だ。剣道は型や礼儀にうるさいが、これも相手を尊重し、共に成長していくための作法だろう。その作法の結晶が「姿勢」なのだ。師範の「姿勢」は本当に美しい。それは師範の人格そのものだ。師範は日本人に負けないくらい日本の良さを学び取り、自分を鍛え上げているのだ。

師範のおかげで、私は剣道がますます好きになり、日本の武士道、刀剣、その他日本の伝統文化に関心を持つようになった。さらに日本語も習い始め、今では大学日本語学科の2年生だ。しかし、どんなに関心が広がっても、私の原点は師範の言葉だ。「剣道は姿勢」。私はこの言葉をかみ締めながら、これからも剣道を学んでいくつもりだ。

創作におけるインスピレーション

今度のコンテストのテーマを見たら、私が何年も練習してきた剣道のことがすぐ頭に浮かんできました。

剣道は「型」という姿勢で組立てられて、日本の代表的な礼儀も伝統的な決まりも含まれていますから、それをトピックにしました。

この姿勢というものは師範に教えていただきました。師範は中国人ですが、これがいいと思います。中国人だからこそ、中国人らしい発想に基づいて、他の中国人に分かりやすく日本の事を紹介で出来るはずだと思うからです。私はこの師範の話を通して、読者の皆さんに剣道のことを知っていただきたくて、この作文を書きました。

受賞の感想

この度、すばらしい賞いただき、大変光栄に存じます。今回のような作文コンテストは、私にとって、非常によい挑戦の機会でした。機会を与えてくださった、主催者の皆様に心から感謝いたします。

又、日頃お世話になっている上海師範大学日本語学科の先生方にも、この場をおかりして、御礼申し上げます。

この度、このような賞をいただいて、私は大変うれしですが、驕ることなく、今後も、謙虚に精進していきたいと思います。ご指導、よろしくお願いいたします。

 

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