中日の勤労意識

湘潭大学 周友文

日本人は非常によく働くという評価は、今でも国際的に、人の心に定着しているようです。日本人はどうして働き蜂ほどよく働くのでしょうか。お金のためですか、それとも利益が目的なのですか。深く考えると、そうではありません。働くという行為そのものにこそ価値があると考えているようです。

評論家の山本七平によれば、日本人の勤労というのは、すなわち仏教で言う成仏するための修行であり、経済的利益は宗教的に動機づけられています。つまり、私欲のない労働の結果とされます。すなわち、日本人は、精神的な高さを追及するためによく働くのであります。本当にそうなのでしょうか、それだけでなく、危機感も働いていると思います。

日本は乏しいです。この「乏しい」とは、国民に金がないという意味ではなく、自然資源に「乏しい」ということです。日本は狭いです。日本人の踊りの堅苦しい様子も日本の狭さを連想できます。「日本は狭いですから、踊るときも手をまっすぐ伸ばしません。中国は広いですから、内蒙古の人はいつも、豪放に歌います。」とある友達はよくこんな冗談を言います。理屈のようですが、実は、理にかなっています。それに、日本は地下資源が多くありません。銅、銀、鉄などはかわいそうなほど少ないです。経済の血液といわれる石油も99%以上、外国に、依在しています。この面から見ると、日本は確かに「貧乏」です。でもこの「貧乏」こそ、「豊か」な日本を作り出しました。「貧乏で、何もないから、よく働くしかない。国の資源に頼れない。自分がよく働かないと、それまでだ。」という危機感が「貧乏」から生まれ、日本人を勤労に駆り立ているのでしょう。勤労を通して、自分の人生を変えています。勤労を通して、日本の運命が変わりました。それで、明治維新以来、勤労をいとわぬ人を育て続けています。思うに、現代、日本では、大人から子供まで、サラリーマンであれ、学生であれ、一生懸命、頑張っていると見えます。サラリーマンは特にそうです。現代の日本、サラリーマンは毎日朝早く起きて会社へ行き、夜遅くやっと家へ帰ります。どんなに辛くてもラッシュや仕事の疲れを我慢して、このような毎日を定年まで送り続きます。資源は何もありませんから、日本人は頑張って、資源を節約する技術や再利用する技術など資源を大切する技術の開発に力を入れています。面倒くさくても、皆毎日牛乳バックをちゃんときれいに洗って回収します。このような面倒でも有意義なことをし続けています。勤労だからではないでしょうか。

中華民族は勤労という伝統を持っているという。中国の勤労と日本人の勤労は違いがあるのでしょうか。違う文化から生まれた勤労は違うはずです。中国人の元の勤労は、国の貧乏のためではなく人本来の素朴さと人の労働に対する尊重であると思います。人が人になるのは、動物より、道具が作れ、労働できます。自然は人に労働する能力を与えましたから、人は自然の意に従って、よく働くべきだと、中国人は思っているのでしょう。

中日の勤労の理由は違うのですが、本質は同じだと思います。両方とも、働くという行為の価値を現実することです。勤労によって、人類は猿人から人へ進化したのです。勤労によって、人類は原始社会から現代社会へ入りました。勤労によってこそ、人類は自然を征服し、地球の主人になれるのです。

 

評:日本人の勤勉と国の乏しさを結びつける観点は面白い。日本語はあと一歩。

 

 

 
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