農村の子どもにバレエの素晴らしさを

 

あぜ道のバレエ(メイン写真)(写真・高天)

河北省保定市端村。北京から車で3時間。この村の人々は日が出れば働き沈めば休む。彼らの生活はまるで田畑や作物、そして夏のアシと一面のハスの花だけで営まれているようだ。

このありふれた中国の農村のあぜ道や木陰で、レオタードを身にまとった子どもたちがバレエを舞っている。「農村の子どもがバレエ?」黄土とアシの村とはそぐわない彼女たちの姿は、都会の人々からすれば信じがたい光景である。確かに中国であっても日本であっても、バレエを学ぶことは贅沢なことである。中国ではここ数年、児童芸術教育の普及率が高く、大中都市の多数の子どもが芸術関連の学習経験を持ち、楽器・声楽・美術に関してはすでに十分に普及していると言える。とはいえ、バレエを学ぶことのできる子どもの数は依然として少ない。原因は高額なレッスン費のみならず、正式にバレエを指導できる教育者や教育機構が限られていることにある。しかし、この辺ぴな村で子どもたちは初めてバレエに出会い、さらに学費を払うことなく中国舞踊教育の最高学府である北京舞踊学院バレエ学部教員の授業を受けることができる。あぜ道のバレエは端村の美しい光景の一つとなった。

 一時間目は髪の梳き方から

 関於さん(写真・中山一貴)

日曜日朝7時半、関於(42)さんと夫人張萍(43)さんは北京舞踊学院から車に乗り端村に向かう。休日朝の静かな市街地を抜け、高速道路に乗り3時間。目的地に着く頃にはすでに授業十分前。急いで教室に入ると子どもたちが先生たちの到着を待っている。

2013年3月、関さんは初めてこの地を訪れ、初めて子どもたちに出会った。子どもたちはみな小学生で、下は2年生から上は5年生まで。バレエチームに選抜されたメンバーだ。選考基準は踊れるか否か、音感がどうかなどではなく、体つきや容貌がバレエを学ぶ基準に合うか否かのみである。

バレエのことを知っているかと関さんが尋ねると、子どもたちは静まり返る。『白鳥の湖』を観たことがあるかと尋ねると、お互い顔を見合わせてしまう。子どもたちがサイズの合わない古びたレオタードを着て、泥まみれの靴で教室を駆け回っているのを目にして、関さんは自分の学校との格差にがく然とした。北京舞踊学院の広く明るい教室では中国全土から選りすぐられた精鋭たちが上品で専門的なレオタードを身にまとい、礼儀正しく教員に挨拶し練習に励む。数百キロ離れた端村の貸し教室で、バレエが何かも分からない子どもたちを芸術の世界に導くことは、口で言うほど容易ではない。

そこで関さんは子どもたちに靴を脱いで教室に入り、脱いだ靴は教室の外にきれいに並べるよう指導した。そして専門のレオタードがないと分かるとメーカーにコスト以下の値段で用意させた。子どもたちは形式的にわずかの費用を負担したが、不足分はメーカーと関さんが負担した。

一時間目は髪の梳き方から始まった。バレエは高尚な芸術であり、踊り手の動作や気品に対する要求が厳しいだけでなく、服飾や髪型など細かい部分についてもこだわりがある。関さんは子どもたちを外見から踊り手の境地に至らせようとしたが、再び困難に直面した。子どもたちが小さ過ぎたため、自ら髪型を整えることができなかったのだ。そこで関さんはまず子どもたちの母親に教えることにした。

新しいレオタードに着替え、正しく髪形を整え、教室で身体を伸ばせば、村娘たちも立派なバレエダンサーに様変わり。関さんもご満悦だ。

関さんは「彼女たちの中に将来プロになる人はいないかもしれない。それでも私は彼女たちに都市の子どもと同じ芸術教育の機会を提供し、規律や礼儀、気品を教え、彼女たちが美と愛を追求するきっかけを作ってあげたい」と語る。

子どもたちに髪の梳き方を教える(写真提供・関於) 村娘がバレエダンサーとなるまで(写真提供・関於)

かなった夢

張萍さん(写真・中山一貴)

張萍さんは脚色・演出を務め、長年の間夫と手をとりあって多くの傑作を創り出し、国内外の優秀なバレエダンサーを育て上げてきた。夫の関さんには一つの夢がある。それは退職後に夫人の故郷である雲南で舞踊教室を開き、山里の子どもたちにバレエを教えることだ。

「20年も早く夢が実現してしまった」と関さんは言う。

端村の農村児童バレエ指導センターは北京荷風基金会が企画、出資し創立された。荷風基金会は農村及び貧困地域の青少年芸術教育を支援し、子どもたちが芸術を通して貧困に打ち勝つ力と自信、そして誇りとプライドを身につけることを願っている。そこで第一歩目の取り組みとして端村に中国初の農村児童バレエ指導センターを設立した。基金会はバレエ以外にも北京の各有名芸術大学の教員を招待し、子どもたちに管楽器や合唱、絵画や演劇を教えている。「困難ばかりだが、それも意義のある過程であり、私たちは諦めるわけにはいかない」、基金会発起人である李風さんの言葉だ。

「まさに私のしたいことだった」と、荷風基金会から要請があると、関さんは即座に承諾した。「私は農村で教えたいという思いを持っていたが、一人で行ったとしても教室がなく、学生を集めることもできない。荷風基金会が私の夢の手助けをしてくれた」と関さん。

 ペットボトル一本の感動

関さんと基金会職員が視察に訪れた際、気づくと一人ひとりの手に一本のミネラルウォーターが渡されていた。それはなんと、村で小さな売店を営む女性が用意したものだった。恥ずかしさ故か、水を渡し終えると彼女は何も言わずに背を向け去っていった。その女性の子どももまた芸術団のメンバーである。その日の暑さや、北京からやってきた関さんたちの苦労を思った彼女は、本来は売り物であるミネラルウォーターを彼らに渡したのだ。関さんはこの出来事に深く感銘を受けた。「十数本のミネラルウォーターはおそらく売店の数日分の売り上げに当たるだろう。この母親の犠牲の中には、私たちの取り組みに対する承認と、言葉に表せない感謝と期待が込められている。この一本の水が、私を突き動かし続けているのだ」

3月から今に至るまで、関さんはすでに20数回の授業を行ってきたが、子どもたちやその親たちからは感動させられ続けていると言う。子どもたちの真面目さや必死さは関さんの想像を超えていた。昼休み、子どもたちは教室の外の階段でマント一(中国風の蒸しパン)のひとかけらを食べ、水を2、3口飲むやいなや練習を再開した。午後の授業の時間になると子どもたちはすでに汗まみれ。昼休み中練習をしていたのだ。ある日、関さんが所用で授業に出ることができなかったことがある。ちょうどその日に取材に訪れた記者の写真を見た夫妻は大いに感動した。なぜなら子どもたちは決まった練習をこなしていただけでなく、取材陣の多くのカメラに撮影されながらも、あちこちを見回すことなく、お構いなしに自然と、見せびらかすことなく練習に取り組んでいたからだ。「これは都会の子どもたちにはできないこと。私も都会で指導にあたったことがあるが、教員は子どもたちをあやしながら指導せざるを得ず、子どもたちはそれでも休憩や遊びをねだり続けた」と張さん。

子どもたちに指導する張さん(写真提供・関於)

端村の親たちはほぼ毎回、教室の外から子どもたちの姿を見守った。関さんによると、親たちは始めから終わりまでつま先立ちをしながら窓の中をのぞいていたという。「もしかしたら親たちは私たちが何をしているかも、ましてや子どもたちがバレエをきっかけに将来どのように変化するかも分からないかもしれない。それでも彼らにはどこかぼんやりとした不思議な期待を持っている」

子どもたちやその親たちから与えられた感動があったからこそ、夫妻は休日を返上し、高給の授業を諦め、どれだけ仕事が忙しく、海外出張が必要なときであっても、日程を調整し、一週間一回の授業時間を確保してきた。彼は子どもたちのために服飾品や道具を買いそろえ、練習過程を記録するため写真家で友人の高天さんを招いた。人手が足りないときには関さんの父親や高さんの恋人まで呼び寄せ、炎天下で無数の蚊に刺されながらも、すべては子どもたちのためにと、見返りを求めず、不平不満をこぼすこともなかった。

子どもたちに世界の言語を教授

あぜ道のバレエ自体が驚がくするに値するものだが、子どもたちはなんとフランス語まで操るのだ。農村にあっても、関さんは北京や外国と変わらぬ指導を実践する。授業の中で意識的にフランス語や英語、さらには日本語を用いるのだ。

子どもたちが聴き取ることのできない言葉を用いることは、指導の難易度をさらに高める。しかし関さんは子どもたちに初めから世界を体感させることが重要だと考える。国際バレエ界における共通語はフランス語。今後、子どもたちの指導者が変わっても、たとえそれが外国人であっても言語が障害となることはない。実際に関さんは米国や日本の教員を招こうと目論んでいる。

芸術は国境を越え、言語を越える。子どもたちは一日目の授業からすでに世界との対話を始めていた。『白鳥の湖』の「小さな白鳥の踊り」、張さん作の『澄み切ったハスの風』。子どもたちは将来、世界の言葉で自分たちを、そして自分たちの故郷を表現する。

9月1日、荷風基金会の寄付によって建設された荷風小学校の使用許可が下り、9月28日、バレエ団は初公演を行った。「子どもたちの中に今後も舞踊に関わる人はいないかもしれないが、数カ月の練習を経て、子どもたちの心には芸術の種が植えられた。以前の子どもたちは芸術の夢を実現することなど不可能に近かったが、今、その種が子どもたちの夢の扉を開くことになるのだ」と関さんは語っている。

荷風基金会に提供された楽器などを利用している端村の子どもたち(写真提供・荷風基金会)

 

人民中国インターネット版 2013年9月

 

 
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