プチ薩長同盟

何軼倫(上海海事大学)

 

爽やかな風に吹かれながら、外灘の遊歩道をぶらぶら歩いていた。真昼のごとく煌びやかな対岸や、川面に揺らめくネオン光が織りなす外灘の夜景は、絵の描いたようだといわれるが、上海生まれの私はとっくに見飽きていた。「つまんないなぁ」とぼうっとしていると、突然、どこかから日本語が聞こえてきた。

少し探せば、すぐに見つかった。数人の若者がビール瓶を片手に興奮して大声でしゃべっている。日本語を一年半ほど勉強してきたが、実際に話す機会があまりなかったそのときの私の心の中に、「彼らに話しかけようか」という気持ちがわいてきた。

「すみませんが、日本の方ですか?」と、そのうちの一人に声をかけた。しかし、相手の反応は思いもよらないものだった。彼は身震いするほど怖がっているようだった。

その日から数日間、彼の青ざめた顔を脳裏から振り払えず、「どうしてあんな反応を見せたのだろう」としばしば思いふけった。その時は、やはり中国で嫌日の「憤青」などに出会った日本人の体験談をたくさん聞いてきたからだろうかと嘆いていた。

そのうち、日本人と接したいという思いが芽生えてきた。その思いから、日本人向けの中国語教室の講師となった。

年上の人とちゃんと向かい合えるだろうかと思っていたが、年下の私に対しても思いのほかシャイに見える人が多かった。本などを読んで多少知っていたが、日本人はやっぱりこんな性格の人が多いのだなと改めて実感した。

私は、普段中国語でしゃべる中国の友人がいるかどうか、いつも聞いている。答えは常に「いません」だ。職場で日本語だけを使い、職場外の中国人と知り合う機会もないという返事を聞くと、私も「そうですね。残念なことです」と言うしかない。

ある日、ある考えが突然ひらめいてきた。職場外の中国人と知り合う機会を作る方法だ。上海にある日本人の野球チームに上海人のチームを紹介し、対戦させられればと思った。上海人チームの知り合いに自分の考えを伝えると、かなりの興味を示してくれた。

一念発起して、対戦実現に打ち込んだ。上海にある日本人のチームの連絡先を探し、対戦申し込みを送った。「相手が受け入れてくれるといいな」と期待しながら返事を待っていた。

しかし、結局、なしのつぶてだった。「やはり私の発想は現実味が薄いのだろうか」と暫く落ち込んだ。テレビでは、いまも見え透いた嫌日ドラマが流れている。日本を冷静に見る人が大多数でない限り、日本人の私たちへの不信感をなかなか拭いきれないのではないか。誠意を持って中日交流のために声を嗄らしても、そのようなテレビの音でかき消されて、聞いてくれないのも無理もないだろうかと思った。

そのような悲観を一掃して、再び希望を見出したのはその一か月後だった。

私はあるソフトボールチームに入った。偶然だったが、そのチームのキャプテンは、なんと日本人の女性だった。練習や食事のとき、彼女がチームメートとお互いにからかいあったり、悩みを打ち明けたりする様子をみていると、とても「外国人」だとは思えなかった。「中国人と日本人はこれほどの関係になれるんだ」と心に大きな波紋が生じた。「上海で家を買って、ずっと住み続けたいと思う」とキャプテンは語る。まだ独身のキャプテンに一生を託すことのできる友達が見つかったからこそ、このような希望が生まれたのだろうと私は思った。

この出会いの後、自分の身に翻って反省した。キャプテンが中国人に親近感を持たれているのは、言語の習得のほかに、相手の人間性や機微をよりよく理解する繊細さがあるからだと感じた。振り返ってみれば、自分の対戦申し込みなどはいかにも無茶だった。私は率直な気持ちでメールを送ったつもりだったが、パソコンの向こうにいる相手は、ぶしつけな申し出に感じ、困ってしまったのかもしれない。これまで私が接してきた日本の人たちと同じように、内気な人だったのかもしれない。信頼関係は徐々に築き上げるものであり、否応なく押し付けられていると感じられれば逆効果となるのだ。そして、着々と人脈を広げて厚い信頼を寄せられた坂本龍馬のような人物になった自分を思い描いた。

147年前、犬猿の仲だった薩摩と長州は坂本龍馬の斡旋によって手を結んだ。一衣帯水を隔てた中国と日本は、地図でみれば、かつての薩長のようだ。お互いに過去を乗り越えて「同盟」を結ぶことこそが中日のあるべき姿だ。上海市に長期滞在する日本人は6万人弱を数えるという。その彼らが、隔絶した「日本人社会」という行動範囲を踏み出し、現地の人との触れ合いができれば、両国国民間の相互理解の大きな一歩にもなるだろう。一民間人として、私も龍馬を手本に、私自身ができるちいさな同盟の実現のために貢献したいと強く思っている。

またじっくり「プチ薩長同盟」の案を練り直そう。21世紀の中国で、壮大な同盟を再現させることを夢見て。

 

 

 

 

 
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