山奥で中原文化見つけた

 

煬帝の圧政を逃れてここへ

旧暦2月2日は霍童鎮が1年で1番にぎわう日だ。ここを含めた古い風習では、春が大地に戻り、万物がよみがえるという意味で、「龍が頭をもたげる日―龍台頭の日」なのだ。この日、ここの人々は、紙で家、花、樹木や歴史上の人物を作る。人物の手足は動かせ、灯りと、歌声に合わせて、歴史的な物語を演じる。操り獅子舞はこの日を祝うハイライトだ。いくつかの流派があり、村中の各流派が持てる能力を出し尽くし、この節句の祝賀気分を盛り上げる。

こうした節句と操り獅子の芸術は隋代(581~618年)まで遡ることができる。約1400年前、隋の大臣だった黄鞠は煬帝の荒淫無道を見て、一家眷属を伴ってこっそり河南を逃れ霍童にやって来た。山紫水明、桃源郷のようなこの地に根を下ろし、街を興した。彼は農業を重視し、中原の進んだ水利技術を導入し、灌漑して良田に変え、治水体制を整え、豊作の収穫を守った。

 

 

霍童古鎮には多くの伝統風俗が伝わる。村の若者は婚約すると、男性側が女性側の家に贈り物をして求婚し、これに対して女性側も答礼する。その後両家が婚礼の準備を進め、新しいカップルが誕生する

数年を経て、この地の生産力が発展し、庶民が豊かになると、彼は河南に伝わる民間芸術を地元民に伝授した。操り獅子舞、紙細工はその頃から根づき始めた。それ以来、彼の大きな功績を称え、毎年2月2日になると、イベントを行い、各家庭が伝来の文化、技芸を披露し、互いに切磋琢磨し、ますます盛んになってきた。こうして、現在の中原地方では既に跡形もなくなっている千年前の多くの事物がここで当時の原型をとどめて伝わっているのだ。

 

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