中日友好の信念を固め 両国関係の改善、発展をともに推進しよう

 

 

会場の皆さま;

中日国交正常化からすでに風雨に満ちた42年の歳月が流れました。中国人は「四十にして惑わず」と言いますが、今日の中日関係は理性的で成熟した「不惑」の段階に入らなければなりません。率直に申しますが、両国関係の健全な発展を困惑させている現実的な問題が依然として少なからず存在し、特にここ数年、中日関係に非常に深刻で困難な局面が現れ、両国人民を憂慮させているだけでなく、国際社会の大きな注目を集めています。

こうした行き詰まりの局面をつくり出した原因は、主に日本の右翼勢力です。その要点は、日本の一部の政策決定および行動が、中日国交正常化の精神および双方の了解と共通認識を裏切ったことにあります。日本の指導者が第2次世界大戦のA級戦犯をまつっている靖国神社を参拝し、日本政府が釣魚島に対していわゆる「国有化」を実施したことにより、40年間「棚上げ」してきた現状を打ち破り、釣魚島問題を急速に悪化させ、その影響は中日関係のさまざまな面に及んでいます。これらの問題は突き詰めて申し上げれば、歴史をどのように見るかということです。客観的な歴史認識が欠乏していることによって、日本の右翼勢力と一部の少数の人々は歴史に基づいて前進するという方向に背を向け、危険な道筋をますます遠くへ歩んでいます。日本の対中侵略史をどのように見るかは、どのような歴史観を以って次世代を教育するかに関連し、中日間の世代を超えた友好をどのように実現させるかという中日関係の長期的大局に関わる原則問題に関連します。ここで、私は歴史に関する問題をどのように正確に見るかについて、いくつかの考えをお話しようと思います。

第1に、歴史を尊重し直視することが歴史に向き合う正しい態度だということです。歴史は最良の教師であり、われわらが歩んできた足跡を忠実に記録し、われわれの今日はどこから来て、明日はどこへ行くのかを教えてくれます。現在、中日関係はまさに鍵となる十字路に来ており、どのような態度と認識で、日本軍国主義の侵略史を認識し、かつこれに向き合うかということは、中日関係発展の方向と前途に影響します。先月、私は南京に行き、南京ユースオリンピックの開会式に参加した折に、再び南京大虐殺犠牲者記念館を参観しました。私は南京で14年間勤務したことがあり、ここの歴史を熟知しているつもりですが、展示されている虐殺の史実に震撼させられました。日本の侵略者は中国の軍民を恣意的に虐殺し、女性を蹂躙し、細菌兵器、化学兵器を使用し、南京大虐殺のような人道に背く残虐行為を重ねました。

これは鉄のように固い事実です。正確な歴史認識には勇気と胆力が必要であり、真摯さと良識が必要です。歴史を重視しなければ、歴史的に容赦されないだけでなく、歴史的な過ちを再び犯すかも知れません。中日国交正常化以降、日本政府と指導者は歴史問題について、しばしば態度を表明し、公に侵略を認め、被害国に対して深い反省と謝罪を表明しました。これに対して、アジアの隣国や国際社会は前向きに評価しました。日本側がこうした歴史的な責任に対する正しい態度を堅持し、背かずに、歪曲した歴史認識の蔓延を断固として阻止し、正確な歴史認識を強固なものにし、発揮し、実際行動で、中日関係の正常な発展を阻害している政治的な障害を克服し、両国関係が歩み寄って、前に向かって進むために必要な条件を提供し、確固たる基礎を築くよう希望します。

第2に、日本軍国主義と日本人民を分ける考え方を堅持することです。中国政府と人民は、対中侵略戦争が中国人民にもたらした災難は日本軍国主義が起こしたものだと見なしていますが、あの戦争の罪と責任を日本人民に帰したことは一度もありません。南京大虐殺犠牲者記念館で私は感動的な史実を見ました。1937年8月15日、旧日本軍の飛行機が南京に対して最初の空襲を開始しました。中国政府は南京の日本大使館員、居留民が爆撃で被害を受けずに撤退できるように、特別列車を用意し、2人の外交官、40人の憲兵を護衛のために同行させ、彼らの安全を確保しました。また極東国際軍事裁判所の裁判官だった梅汝璈先生が戦後間もなく語った言葉が展示されており、その言葉が心の底に刻み込まれました。先生は「私は復讐主義者ではない。私は日本軍国主義者がわれわれに残した血の債務を日本人民のつけにする意志はない」と語りました。戦後の荒廃から立ち直ろうとしていた時、中国政府はさまざなな困難を排して、中国にいた200万人を超える居留民を日本に送り返しました。戦後、生活が苦しい時期でしたが、中国人民は2800人以上の中国に遺棄された日本の孤児を引き取りました。経済が困難な状況でしたが、中国側から主動的に戦争賠償を放棄しました。また近年、日本の各界の有識者は右翼勢力の言動に対して、一貫して批判的な態度を取って来ました。これらの事実は、いずれも日本人民も中国人民と同じように、平和を愛し、戦争に反対していることの証明です。中日平和友好は両国の命運と人民の幸福にかかわることです。中日両国のように、運命的につながり、利害関係が深いにもかかわらず、多くの歴史的、感情的な葛藤がある2国間関係は世界中にありません。またこれほど多くの有識者が平和友好の信念を堅持し、両国間の友好事業を呼び掛け奔走しているような2国間関係もないでしょう。われわれが平和の信念を持っているからこそ、平和的発展の希望もあります。

 第3に、戦後の国際ルールと秩序を断固として擁護するということです。今日の世界平和は戦後の国際秩序という基盤の上に構築されました。『カイロ宣言』『ボツダム宣言』は第2次世界大戦後の国際秩序の法的な基礎であり、正義と公理の光明であります。日本は戦後、平和的発展の道のりを歩み、主要な経済大国として、また国際社会に大きな影響を与える国として、自国民の幸福を図るだけでなく、地域の発展、繁栄に大きく貢献し、国際社会から高く評価されてきました。しかしここ数年、右翼勢力が釣魚島問題、歴史問題でしばしばいざこざを引き起こし、戦後国際秩序の基本的な枠組みを変え、戦後日本の平和の道筋の基本的な方向を変えようとしており、日本が戦後築いてきた平和的発展を目指している国という国際的な信用を甚だしく傷つけました。日本がかつての約束を守り、実際行動で平和的発展を堅持し、国際的な信用を擁護するよう希望します。世界中の平和を愛する人々は、勝利の果実を大切にし、国連憲章など戦後の国際ルールと制度を擁護し、戦争を抑えこむ強大な平和の力を作らなければなりません。

 第4に、歴史の教訓を汲み取るのは、もっとよく未来を切り開くためだ、ということです。2004年12月、訪日した際に私は沖縄の平和祈念公園を参観しました。そこにある黒大理石の記念碑に沖縄戦で亡くなった23万人余の名前、国籍、出生地が刻まれていました。そこに建立(こんりゅう)されている「平和の礎(いしじ)」には、日本語、英語、中国語、韓国語の4種類の文字で次のように刻まれています。「われら沖縄県民は謹んで沖縄戦役で尊い命を失われた人々に哀悼の気持を伝え、戦争の悲痛な教訓が正確に後世に伝えられることを希望する」。この文章に深く考えさせられました。日本軍国主義はあの戦争の加害者ですが、日本人民はあの戦争から受けた苦難を記憶しています。他人の身になって考え、相手の気持ちを思いを馳せれば、日本の対中侵略期間に中国の軍民の死傷者は数千万人に達しています。中国人民がこの自らの苦難を忘れられるとお思いでしょうか。われわれが強調しているのは歴史をしっかり覚えておこうということであり、恨みを覚えておこうということでも、恨み続けようということでもありません。歴史の教訓を汲み取り、もっとよく未来を切り開いて行こうということです。

「前事を忘れざるは後事の師なり」と言います。われわれは歴史を尊重し、現在に立脚し、未来に目を向ける新たな発想を打ち出し、絶えず中日関係発展の新しい道筋を探索し、ともに平和を大切に擁護し、悲劇の再演を防ぎ、両国人民が世代を超えて友好的に交流し、各国人民が永遠に平和を享受できるようにしなければなりません。

 

 

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