大きく報道された事業開始

 

 南京台城部分の城壁は、南京城壁の中でも景観が最も美しいとされる

1995年5月、中国人民対外友好協会と日中友好協会の呼びかけのもと、江蘇省人民対外友好協会と南京市の関係部署が共同で、中日協力による南京城壁保存修復事業を開始した。この事業は歴史を銘記し、未来に向かうこと、次の世代を教育することを趣旨としていた。その後の3年間の修復で、日本側からは7000万円を超える寄付があり、城壁の保存修復作業にボランティアで参加した日本の各界人士は延べ2万人に達した。参加者の多くが日本の青少年ボランティアだった。

南京市人民対外友好協会元副会長の孫文学さんは、この活動の経験者であり証人だ。彼によれば、80年代初め、南京市は荒廃問題を抱える南京城壁の修復に取り組み始めた。訪日時に、江蘇省と南京市の責任者は愛知県日中友好協会に対して、中日協力による城壁修復の構想を提起した。この構想は日本側の賛同と支持を得、愛知県日中友好協会の岡﨑副会長は日中友好協会本部に報告した。同協会の平山郁夫会長はこれを知って全国的な活動として行うことを決め、全国各地の日中友好人士に、共に南京城壁修復を支援することを提唱した。

1995年初頭、平山会長は自ら訪問団を率いて南京を訪れた。そして、江蘇省の指導者と会談した時に、南京城壁の保存修復作業のために日本国内で募金活動を行うことを明らかにした。同年3月、日中友好協会の村岡久平理事長が中国を訪れ、南京城壁保存修復について江蘇省人民対外友好協会、南京市人民対外友好協会および関連部門と意見交換を行った。双方は世界反ファシズム戦争勝利50周年に、人類の文化遺産の保護、世界平和の擁護、21世紀に向けた中日両国人民の代々の友好を趣旨としてこの事業を行うことを決め、1995年5月に南京で正式に中日協力による南京城壁保存修復事業の開幕式が行われ、3年計画の修復作業が開始された。

孫さんは、「当時、中日協力による南京城壁保存修復事業は南京では誰もが知っており、中日両国のメディアもこぞって大々的に報道しました。日本から来たボランティアは、青少年が大多数を占めていました。彼らと中国の青少年は共にレンガを運び、土を盛りました。熱意にあふれ、共に修復作業に打ち込んだのです」と振り返る。

彼は、両国政府の中日関係に対する影響は大きいが、中日関係の本当の友好はやはり民間の付き合いにあり、民衆は両国友好の基礎であると考えている。南京城壁の保存修復のため、日本からこれだけ多くの一般市民や青少年、学生がやって来たことの意味は非常に大きい。

1   2   3   4   >>  

人民中国インターネット版 2015年8月