良きライバル |
山本陽子
「この子は英語が全く話せないから中国人ではないわ!」アトランタの空港で中国人女性はわたしをちらりと見た後、空港スタッフにきっぱりとそう答えた。わたしはその時抱いた感情を鮮明に覚えている。「ああ…やっぱりそうだ。中国人はわたしが思っていた通りの人だ」と。 高校二年の夏、わたしは初めて日本を出た。それもたった一人で。ボランティア活動をするためにコスタリカ共和国を目指していた。出国する時のわたしは、まさかこの後ハプニングだらけの大冒険が待っているとは思ってもみなかった。すべての始まりはわたしの出国にまるで合わせたかのような台風の直撃であった。その台風のせいで予定していた飛行機は遅れ、乗り換えは急遽三回になり、空港で二日夜を明かした。日本語すら耳にしない知らない土地で、誰にも頼ることが出来ない状況に置かれたわたしは身も心もすっかり疲れきっていた。そんな時またもやトラブルが発生したのだった。飛行機で送られて来ているはずの荷物が空港に届いていないのだ。とても焦って困っている時にこの中国人の女性が話しかけてくれた。彼女が空港スタッフに事情を説明してくれていた時に空港スタッフはその女性に「この子も中国人ですか」と問いかけた。それに対する答えとして、文頭の言葉が出たのだ。「英語が話せないから中国人じゃない」といった内容の言葉は、ご指摘の通り英語が苦手なわたしでも、さすがに内容くらいは理解できた。しかし、わたしが本当に衝撃を受けるのはこの後に続く彼女の言葉であった。それは「確かにこの子は中国人ではない。日本人よ。でも今はそんなの関係ない。わたしはこの困っている少女を助けてあげたいの。」確かにそう言ったのだ。この瞬間、私の中の何か大きなものがぐるぐると回って、色々な感情が湧き出てきた。想像もしていなかった言葉に対する驚き、女性への感謝の気持ち、自分を恥じる気持ち、そして素直にこの女性が素敵だなと思った。 恥ずかしながら、私はそれまで中国についてあまり良いイメージを持っていなかった。領土問題や戦争など暗い過去のことばかり耳にしていたため、勝手に中国人は日本人を嫌っている、中国人は怖い、と思っていた。本当は知ろうともしていなかっただけなのに。わたしはこの中国人女性に出会い、自分の考えがとてもちっぽけだと痛感した。そして、中国人を見る目が変わった。そのおかげでコスタリカでのボランティア中は一緒に活動した中国人の良いところをたくさん見つけることができた。例えば、中国の多くの学生が英語を堪能に話せるのは日本の教育としては、本当に見習うべき点であると感じた。そして、逆に中国の子は「日本人はとても器用だ」とわたしが作った折り紙をたくさん褒めてくれた。中国人も日本人もそれぞれに強みがあり、得意とする分野がある。わたしは、日本と中国が過去のことで争うばかりでなく、お互いの長所を認め合い、そして良きライバルとして切磋琢磨することができる関係になれたら良いなと思うようになった。少なくともわたしは、空港で言われた「日本人は英語を話せない」という言葉がとても悔しくて、今必死に英語を勉強している。しかし、けっしてそこに憎しみはない。そこにあるのは良きライバルを見返したいその一心である。 中国人女性と出会って、その空港では最終的に荷物も無事手元に届いた。しかし、お礼を言おうと思った時には、もう彼女の姿は見えなくなっていた。 大学生になった今、わたしはずっと記憶の中に留まっていたこの体験を文章にすることを決めた。そして一人でも多くの日本人の中国に対する悪いイメージを変えたいと思うようになった。もちろんわたし一人の体験談で大きな変化を起こすことが出来るという自信はない。でも、わたしは伝えたい。なぜなら、それがわたしを助け、そしてわたしを変えてくれたあの中国人女性にできる唯一のお礼であると思うからだ。
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