私と中国 2017 |
中原隆雅
「メイヨウ(没有)」。これは、私のような捜査官であれば、おそらく誰でも知っている中国語である。残念ながら、一般的に、我々捜査官の間における中国人のイメージは余りよろしくない。日本人に比べて、中国人はなかなか罪を認めない。例えば、万引きの事件。 防犯カメラにとある中国人男性による犯行の場面がバッチリ映っている。我々は、 彼に対して、防犯カメラの映像をみせた上で、 「君が盗んだんだろう」と聞く。どうみても彼だ。普通なら認めるだろう。しかし、そこで彼から返ってくるのが冒頭の言葉である。いわゆる否認だ。被疑者が罪を否認すると、捜査やその後の裁判での手間が圧倒的に増える。 中国人被疑者の取調べを何回か繰り返すうち、捜査官は、自然と「メイヨウ」という言葉を覚え、中国人に対して余りよろしくないイメージを抱くようになる。 私は、数年前、勤務先から派遣されて2年間ほど米国の大学院に留学し、そこで数多くの中国人と知り合うことになるのだが、冒頭に挙げた「メイヨウ」は、 「ニーハオ (你好)」「シエシエ(谢谢)」を除くと、留学前の時点で私が知っていたほとんど唯一の中国語であった。私は、中国及び中国人に対して、ほとんど興味もなく、また、取調べの場における「メイヨウ」 の マイナスイメージをもった状態で渡米したのだ。大学院が始まると、約60名の留学生の半数程度が中国からの留学生である。日本人は私を含めて4人。数で圧倒的に負けている。渡米の少し前、中国の反日デモの映像を観たような気もするし、先輩から聞いた中国人による凶悪事件の話も頭をよぎる。これはマズい。ところが、 いざ話してみると、皆とても感じがよい。反日感情など全く感じないし、当たり前だが、日本で観てきた被疑者達とはぜんぜん違う。同じアジアということで親近感もあり、あっという間に仲良くなった。私の中国人に対する漠然とした不安感もすぐに消えていった。 留学先は米国であったが、印象に残っている思い出は中国人の友人とのものが多い。彼/彼女たちは、若干押しが強いところもあるが本当に親切で情に厚い。あるとき、私が、学校の食堂にて家から持参したサラダを食べていると、それを見た中国人女性のクラスメートが、「まぁ、サラダだけ?あなたの奥さんは料理が苦手なのね。かわいそうに。」と言う。当時、私はダイエットをしており、別に妻がサラダしか作れないわけではなかったのだが、ついつい言葉を濁してしまった。すると、その数日後のお昼休み、その子が私の元にやってきて、自分の弁当からおかずをおすそ分けしてくれたのだ。料理の味は、正直まずまずといったところであったし、彼女の真意は分からなかったが、「中国の女の子は積極的だなぁ」、「独身だったらよかったなぁ」などと思ったものである。また、あるとき、私が当時使っていたスマホの液晶画面にヒビが入っているのを見た 中国人の友人が、「自分の知り合い(中国人) なら直せる」と言ってきた。私は、下手に触ると完全に壊れてしまうのではと心配し、遠回しに断ったのだが、その友人は、「もう彼と約束してある」と言う。押しに負けてその知り合いに修理をお願いしたのだが、彼は一度目の修理に見事に失敗した。私は、彼の努力を讃え、修理に出すからいいよと伝えた。しかし、彼は引かなかった。彼は「絶対に直す」と言って、彼の2台のスマホうちの1台を、「替わりに使ってくれ」と言って私に手渡し、私のスマホを持ち帰った。その後、彼は見事に修理に成功し、せめて使用した部品代を支払いたいという私の申出を頑として受け付けなかった。初めて会った私のためにそこまでしてくれたことに驚いた。この彼とは今でも連絡を取り合っており、この7月に中国で行われる彼の結婚式に出席させてもらうことになっている。 こうした経験を経て、私の中国人に対するイメージは、「メイヨウ」から「ポンヨウ」に変わったのである。
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