コンビニのカナエさん

 

大村まどか

「中国」と聞いてイメージすることは多々ある。文化的な事だったり、政治的なことであったり、いいイメージと、難しいと感じるイメージと様々だ。しかし、このイメージは「中国」という漠然とした大きな国に対するイメージで、実際の中国についてはほとんど何も知らない(個人的に学習していきたいことである)。そんな中でも、個人的に「中国」と聞いて思いだす人がいる。 

高校三年生の時、受験勉強のために塾にいる時間が長くなり、ときどき昼ごはんや夕ご飯を買いに近くのコンビニに行くようになった。五月の半ばくらいから、新しいアルバイトらしい中国の方を見かけるようになった。暗めの茶髪を後ろで一つ結びにした、黒縁の四角いメガネの二十代前半くらいで物静かそうな女性だった。ある日、初めてその人のレジで会計をしたのだが、名札に「叶」と書いてあり(今では珍しく?漢字の名札だった)、縁起の良さそうな名字だな、何と読むのだろうと思ったとき、叶さんが、「65400円になります」と私に告げた。私が「えっ」と言うのと、叶さんがぎょっとした目するのがほぼ同時だった。コンビニの一食分でさすがにその金額はない。「すみません、やりなおしますっ」と片言の日本語の焦った声で叶さんは言い、打ち直してくれたのだが、商品を渡してくれる時も「すみません」と何度も謝ってくれた。そんなに謝らなくても平気なのになと思いつつ、あるあるの笑い話のようなレジでの出来事を実際に経験して印象に残った。結局名前は「カナエさん」と内心呼ぶことにした。その日以来しばしば、カナエさんのレジで会計を済ませるようになったのだが、カナエさんの日本語はどんどん流暢になっていき、暑いですねなんていうちょっとした会話をするようにもなった。 

年も暮れ近くなった冬の日、模試の結果が芳しくなく落ち込みながらコンビニに寄った。不安が顔に出ていたのだと今では思うが、レジでカナエさんが「大丈夫ですか?元気?」と聞いてくれたのだ。その一言が学校の先生にかけてもらった言葉よりもなぜか一番嬉しくて、頑張ろうと思えた。「ありがとうございます」と答えただけだったが、本当はもっと話をしてみたいと思った。何となく、カナエさんの「叶」という字にも「夢を叶える」というイメージを抱きながら、カナエさんに会えることが私の受験期の誰にも言わない支えとなっていた。前期試験のため大学に向かう前もコンビニに寄った。今まで個人的なことを話さなかったが、思い切ってカナエさんに「明日受験なんです」と伝えてみた(少し「叶」という字にゲン担ぎを込めて)。カナエさんは「受験…?テスト!中国でもテストすごく大事、頑張ってください」と言ってくれた。きっと大丈夫だと思った。 

三月に入り、入学や一人暮らしの準備でなかなかコンビニに行けなかった。三月の末、上京前日にコンビニに行ったらカナエさんはいなかった。タイミングが合わなかっただけかもしれないが、少し寂しかった。「ありがとう」と言うのも違うかもしれないが、ありがとうと言いたかった。思えば、カナエさんについてなにも知らなかった。 

入学後大学で中国語を学習し始めた。五月の半ばくらいのピンインの練習のときに叶の文字をみた。カナエさんだ!と思った。葉っぱという意味だった。「ye」と読むらしい。そうか、「ヨウさん」だったのかと思った。「叶える」という意味ではなかった(こちらが勝手に思っていただけだが)が、その日から、葉という文字をみるたびにどこかで「叶さん」を連想する。 

先日、中国の学生さんと他大の人と討論会をする機会があった。全然中国語を話せなかった。もったいないなと、もどかしかった。他大の日本人学生が中国語で話しているのがかっこよく、羨ましかった。ちゃんと話せるようになりたいと思った。そして叶うなら、カナエさん……ヨウさんにもう一度会えたら、叶さん自身のことを聞いてみたい。


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