「ばかやろう」なんて言わないで

 

齊藤令菜

「ばかやろう」

これは、数年前私が初めて友人と中国へ旅行に行った時に小さな男の子から言われた言葉である。中国人に対日抵抗感情があるというのは日本でも聞いたことがあるし、その時は少し悲しい気持ちになっただけで大して気にも留めなかったが、どうやら少年は日本が嫌いでそのような言葉を発したわけではないらしかった。なぜなら、行く先々で私たちが日本人だと分かると、現地の中国人たちは皆、「こんにちは」だとか「ありがとう」だとか「ばかやろう」だとか口々に話しかけてきてくれたからだ。彼らは知っている限りの日本語を口にしているだけのようだった。話しかけてくれる中国人は皆笑顔だったし、よく思い返してみると「ばかやろう」と話しかけてきた少年も笑顔だった気がする。皆、中国に遊びに来てくれて嬉しい、中国を楽しんでいってもらいたい、そんな気持ちだったのだろう。

しかし、なぜこんなにも中国では「ばかやろう」という日本語が広まっているのだろうか。帰国した私は不思議に思って調べてみると、驚いた。「ばかやろう」というのは、抗日戦争映画やドラマによく出てくるフレーズだというのである。中国では、テレビで一日中抗日ドラマが放送されており、そこで日本兵が度々口にするために中国人の間で、「ばかやろう」という日本語が広まってしまったらしい。

この事実を知った時、やはり中国人は日本に対するマイナスイメージを植え付けられているのだと残念に感じると同時に、同じことが日本に対しても言えるのではないかと思った。日本でテレビをつければ、中国人のマナーの悪さを特集した報道が目に付いたり、インターネットを開けば、中国を貶める記事がすぐに見つかったりする。日本で何気なく生活しているだけで、無意識に中国に対するマイナスイメージを植え付けられてしまっているのだ。

私も中国に旅行に行く前は、なるほど中国に対するマイナスイメージが植え付けられていた気がする。しかし、今となってはそんなことはない。確かに中国人は声が大きくていつも喧嘩しているようだったけれど、見知らぬ観光客である私にも何とはなしに話しかけてきて、言葉が通じていなくても、知っている日本語を並べ立てて自慢していくような人懐っこい人ばかりだった。日本に閉じこもっていた時に中国人に対して抱いていたイメージとはかけ離れたものだった。これは実際に中国に行って、中国人と触れ合って、中国の生活を感じなければ一生分からないことだっただろう。

今この瞬間にも、中国でも、日本でも、お互いの国のことをよく知らないままに嫌い合っている人々は確かに存在する。しかし、そんな彼らも一度お互いの国に行って、自分の目で見てしまえばすぐに気付くだろう。その国で生きているのは「中国人」だとか「日本人」だとか、そんなものは関係ない、単なる一人一人の人間であること。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、嫌なことがあれば怒る、普通の人間であること。それさえ分かれば、中国人も日本人もお互いに歩み寄って等身大の「隣人」として手を取り合っていけるのではないだろうか。

私は何度も中国に行っているわけではないし、まだまだ中国について知らないことはたくさんある。しかし、一度でも中国に行かなければ、あの少年に出会わなければ、親切に話しかけてきてくれる現地の人々に出会わなければ、何も知らず無意識に中国への偏見を持ったままでいたかと思うと恐ろしい。

だからこそ、私は今あの少年にこう言葉をかけたい。「『ばかやろう』と言ってくれてありがとう」


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