花を咲かせる「草の根」交流 |
杉山早紀 「こんにちは!あなたは国文学科ですか?」。大学に入って間もない春、一人の学生が講義後に話しかけてきた。流暢な日本語を話す彼女は、なんと上海から来た留学生だという。あだ名は阿妹。日本文学について語れる友達をつくろうと、勇気を出して私に声をかけたらしい。今ではすっかり私の親友だ。江戸川乱歩の作品が大好きだという彼女は、読書好きの私すら知らないようなことを教えてくれる。第二外国語として中国語を学ぶ私は、日本語と中国語を交えて彼女と会話するのが日課になった。何よりも、いつも明るく、何事にも真っ直ぐな彼女の性格が、私は大好きになった。 夏の暑さも和らいだある日、中国の外交政策についての新聞記事を目にした。読みながら、ふと違和感を覚えた。記事から受ける中国のイメージと、私がもっている中国のイメージが、ずれているように感じたのだ。またある日、古本屋で本棚を眺めていると、中国に関する本の題名には、中国に対して消極的な印象を与える言葉が多いように感じた。この本を読んだ日本人は、中国に対してどんな印象をもつだろうか?中国という国家に対するイメージから、中国人に対しても悪いイメージをもってしまうのではないだろうか?うまく言葉にできない、もやもやとした感情が沸き起こり、胸が苦しく、つらくなった。私は必死に涙をこらえ、その場を離れることしかできなかった。確かに言えるのは、心の中にずっと阿妹の笑顔が浮かんでいたということだ。後日私はこの出来事を、そのまま阿妹に話した。すると、彼女は私の話を遮るように「心配するな!」と満面の笑みで一言。続けて、私たちの仲がいいならそれでいいのだ、と何も気にしない様子で言った。話しながらとうとう泣いてしまった私は、阿妹の天真爛漫な性格に救われた。別れ際に、夏休みに帰省したときに買ったという「花生牛轧糖」をくれた。優しい甘さが心に沁みた。 この日をきっかけに、私は「日中友好」を志すようになり、同時に自分と関わり合う中国人を大切にし、自分が見た中国の姿を信じようと強く思うようになった。「私たちの仲がいいならそれでいい」。阿妹が放ったこの言葉は、日中友好のために必要な全てを表しているように思える。日本人である私と、中国人である阿妹の仲はよい。ただその事実があるだけで、私たちは幸せなのだ。国籍にも、政治にも、報道にも、影響されない。一方で今年、日中国交正常化45年を迎える。日中国交正常化に際して周恩来総理は「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れてはならない」という中国の故事を引用したという。今私と阿妹が仲良く交流できているのは、日中間の国交を結ぼうと試行錯誤した先人たちの努力のおかげだ。「日中国交正常化」という言葉の背景には、両国の関係が「正常でなかった」時代があることも忘れてはならない。 しかし私は、先人たちが掘った井戸の水を飲むだけでは終わらせたくない。たとえば井戸の水を使って、花を育てたい。見る人の心を豊かにする、日中友好の花だ。綺麗な花を咲かせるには、しっかりした根も欠かせない。私たち一般市民が担うのはまさにその「草の根」だ。ちゃんと根をはり、水をやれば、きっときれいな花が咲く。道端に花が咲く理由を誰もわざわざ尋ねないように、その花はごく自然に咲いている。しかしその命を支えるのは地中に張り巡らされた根であり、誰かが作った井戸の水だ。 私の夢は、日中友好の架け橋になること。大げさで抽象的かもしれないが、絶対に叶えたい。しかしまだ、中国についてよく知らないこともたくさんある。そこでまずは、自分の目で中国や中国人の色々な姿を見て、見識を広めることから始めたい。あの時古本屋で感じた悔しさ、阿妹の前で流した涙、阿妹の言葉。自分で体験したことこそが、自分の糧になるものだと私は思う。小さな経験を積み重ね、いつか私も「日中友好の花」を咲かせてみたい。 |
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