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砂漠化した草原を再び緑に

 

  初めてホルチン(科爾沁)砂漠を訪れたのは、2006年の夏でした。私が所属する北京環境ボランティア団体bev-netと現地で緑化活動をするNGO団体緑化ネットワークがジョイントし、今後活動を展開することができるかどうか、そのための視察に訪れたのです。北京から列車に揺られること14時間、内蒙古自治区の東部に位置する通遼駅で下車、そこから車で2時間。そこには、道路をゆっくり横切る牛、広い畑を耕す農民、真っ青な空…そんな風景が広がっていました。しかし、防風林をぬけた先に現れたのは、動物も植物も存在しない果てしなく続く砂漠でした。昔、そこにはホルチン草原と呼ばれる草原が広がっていたそうです。そして現在、そこは現地の農民を脅かす砂漠へと変化していました。あの時の、衝撃は今でも忘れることができません。砂漠化はテレビの中だけの問題ではなく、いま目の前で進行し続けている問題だと実感しました。

 

  環境保護団体の一員として活動を始めたのは、日本人と中国人が「環境保護」という共通の目的を持ち、力を合わせることができたらどんなに素敵だろうと思ったのがきっかけです。そして、私はそんな日本人と中国人の架け橋になりたいと思いました。

 

  視察でホルチン砂漠を訪れてから、私はずっと「内蒙古砂漠緑化ツアー」を実現させようと心に決めていました。そして、今年の5月。私は北京環境ボランティア団体bev-net主催「内蒙古緑化体験ツアー」の引率者として再びホルチン砂漠を訪れました。申込者数は40名を超えていましたが、私が引率できる人数は18名が限度だったので、残念でしたが参加者は先着18名となりました。52日に北京を発ち、3日現地に到着。4日には緑化活動を始めました。現地の緑化ネットワーク中国人スタッフと共に、朝から晩まで樟子松を植え、草方格(麦わらを格子状にさし、砂の移動を防ぐ治沙手法)を作る作業をしました。参加者の中には、中国に来てから3カ月しか経っておらず、中国語があまり話せない方もいました。それでも中国人スタッフと共に作業をし、汗を流し、日に焼け、一つ屋根の下で休憩し、笑いあう。言葉が通じなくても、心は通じ合うのだと改めて思いました。

 

  宮沢賢治の代表作『雨ニモマケズ』の末尾にこんなフレーズがあります。

 

  「ホメラレモセズ
  
クニモサレズ
  
ソウイウモノニ
  
ワタシハナリタイ」

 

  私は、ボランティアをしたいと思ってボランティア活動を行ってきたわけではありません。たまたま私のやりたい事がそこにあったのです。日本人も中国人も同じ地球に住む人間である限り、環境破壊は共通の問題です。環境保護活動に国境はありません。もし二つの国の人間が、力を合わせて環境保護に取り組もうとする時、文化の違いや言語の違いで障害があるならば、私はその壁を言語という「道具」と中国生活5年で培った「経験と知識」で取り除きたい、そんな思いで今日まで活動してきました。そして、これからも…。   (北京師範大学 文学院本科生 藤原由美)

 

 

【プロフィール】岩手県花巻市出身。20027月より北京在住。20039月北京師範大学文学院に入学。2005年より北京環境ボランティア団体「bev-net」のスタッフとして活動を開始。その傍ら2006年より北京師範大学日本人留学生会会長、及びRX1(中国日本人学生会ネットワーク)スタッフとして数多くのイベントを主催する。

 
人民中国インターネット版


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