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古滇国の社会を活写 青銅器に残る人物像

 

銅鼓が伝える農村情緒

広西、雲南、貴州などの地で流行っていた銅鼓は楽器で、貴重な礼器でもある。王侯貴族しかこの権力と富を象徴する銅鼓を持つことができなかった。現在もチワン(壮)、ミャオ(苗)、シュイ(水)、イ(彝)などの各民族村で、祝日期間などに、村民たちが銅鼓の音色に合わせて、神霊や先祖を祭り、新年を祝い、踊りを楽しんでいる。

銅鼓は平らな面や曲がった腰を持ち、中空で、底がない。鼓の側面に4つの耳があり、吊るして叩くのに便利だ。鼓の表面や腰の装飾にはさまざまな幾何学的模様や種まき、田祭り、収穫、紡織、祝祭日行事などの図案があり、田舎暮らしの香りが漂ってくるようだ。

石寨山14号の墓から出土した銅鼓には全体的に多様な図案や幾何学的模様の装飾が施されている。とくに腰部に施された龍船が先を争って前進している図から、龍船のへさきとともが跳ね上がり、頭に高々と羽飾りを付けた船長、舵取りを兼ねているらしい指揮者が漕ぎ手に懸命にこぐように命じていることが想像できる。古代滇人の行事の様子を描いたこの図は民族的情緒に満ち溢れている。

もう一点の「上倉図」は村人がもみを蔵に入れる作業風景を描いている。長衣を着た女性たちがもみで膨らんだ麻袋を頭の上に載せて、村の中央にあるすじ状の装飾が施された四角形の木造の主倉庫に向かっている。神を祭り先祖の供養のために供えられるもみもこの公共倉庫から運ばれることから、神倉とも呼ばれていた。その隣にある竹で編んだ円筒形の倉庫はまだ乾燥していないもみを保存していた。主倉庫のそばにこぼれ落ちた稲の粒を狙ってニワトリが集まり、小鳥は倉庫の屋根に飛んできている。こうした念入りな構図は、当時の暮らしぶりを生き生きと伝えている。

富と地位示すシンボル

扣飾(ベルトのアクセサリー)は滇国特有の青銅器だ。もとは滇国人が前開き長衣のベルトを掛ける時に使うものだったが、後に1種の装飾品となった。また、王侯貴族が壁掛けの装飾品として使ったことから、ますます工夫が凝らされ、精美につくられ、当時の上層社会の富と地位のシンボルとなった。特にこれの愛好者のために、死後、ベルトのアクセサリーを副葬品として、遺体の一番目立つ胸や腰のところに置くようになり、現在多く出土している。

大波那青銅棺 1964年考古学専門家が雲南省祥雲県大波那で発見した。形は高床式住居に似ており、全部で7枚の青銅板を組み合わせて作られている。全体にさまざまな飾りが鋳造され、タカ、虎、シカ、イノシシなどが描かれている。炭素一四測定法によると、今から2400年前に製作された。中国でこれまでに発見された青銅棺の中で最古で、体積も最大だ

大波那青銅棺に描かれているタカの図

ベルトのアクセサリーは長方形、円形、不規則形のものがあり、透かし彫り、浮き彫り、象嵌などの鋳造技術が使われている。聡明な滇国の職人は、さまざまな人物や動物、構造が複雑な高床式の建築を、小さなベルトのアクセサリーに巧みに彫りつけている。その中で、動物が格闘する構図は、造型が珍しく、完璧な工芸技巧で、高度な青銅器文明の代表作だ。

例えば、「二豹噬猪扣飾」は1頭のイノシシが2頭のヒョウと死闘を繰り広げているシーンを表している。イノシシが1頭のヒョウを倒し、口を開いてかみ付こうとしている。そこへもう1頭のヒョウがイノシシの背中に飛びかかり、鋭い歯でかみ付いた。この致命的な打撃に対し、イノシシは必死にあがき、両耳をまっすぐ立て、毛を立て、口を開いてほえている。この図は格闘が最高潮に達した瞬間をとらえており、人を驚かせるほどの芸術的な迫力を持っている。

てっぺんに牛が立っている戦国時代の青銅製楽器、ひょうたん形の笛・葫蘆笙(江川李家山24号墓から出土)

また、「長方形闘牛扣飾」もあり、滇国闘牛の入場式を再現している。周りの座席に闘牛を観賞する貴族が11人が座っている。牛を閉じ込める囲いの扉の上に立つ人が扉を開けると、雄牛が走り出た。扉の両側には、それぞれ5人の祈祷師が立っている。頭に鳥の羽が挿され、手に大刀と剣を持ち、牛を木柱に縛りつけ、殺牛の祭祀儀式を主宰している。小さなボタンにこれほど大規模な闘牛の入場式を現している。それを見たら、感慨無量だろう。 

もう1点は「四人鈴舞鎏金扣飾」で、大きさも衣装もよく似た滇国の4人の舞妓が頭に尖った高い帽子をかぶり、帽子のてっぺんや周りに円形の飾り物が挿され、帽子の後に長い飾りひもを垂らし、ベルトに丸いアクセサリーを付けている。人形は全身が金メッキされ、一列に並び、全員右手に鈴を1つ持ち、鈴を振りながら踊っている。気持ちを集中して、きちんと舞っている姿は、観賞に値するものだ。

武器にはスキタイ文化

土地、奴隷、家畜、財産を奪い合うため、滇国は常に隣の昆明や邛都、夜郎などの国々と戦っていた。そのため、武器の製造技術が進歩し、現在出土している武器は多い。そのうちの1点は「吊人銅製矛」で、取っ手に近い矛の両側にそれぞれ穴が開けられ、穴にそれぞれ両手を後ろ手に縛られた裸の奴隷が吊るされている。頭を低く垂れ、体が曲がり、苦痛にゆがんだ表情だ。垂れている弁髪から見れば、当時の昆明国の俘虜奴隷だろう。滇国の貴族はこの武器を副葬品としたのは、異国を征服したことを誇示するためだったが、約2000年前の戦争と奴隷制度の残酷さを私たちに伝えている。

滇国は辺鄙なところだったので、中原の伝統的な礼法などの束縛が比較的少なく、武器の工芸もより開放的で、発想も奇抜だった。展示ケースに、形が珍しく、飾りが奇抜なカエル型の矛、ネズミをくわえたヒョウが飾られた銅矛、3頭のクマの銅矛、2頭のシカの銅製啄(武器の一種)、牛をかむ虎が飾られた銅製「狼牙棒」(尖った釘がたくさん付いた棒状の武器)、サル飾りの銅鉞(考証によれば、越人が使うことで名を得たという)などが展示されている。 

これらの奇抜な武器の由来を聞くと、北方草原のスキタイ文化の影響を受けていると、范氏は説明してくれた。昔、中央アジア一帯に暮らしていたスキタイ人は、鉞、矛などの兵器に虎やシカなどの動物を飾る伝統がある。しかし、滇墓から出土したこれらの武器には、実用的な価値はなく、たぶん貴族が外出する時などに持って出た儀杖で、中には祭祀に用いる器や道具に昇格したものもある。

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