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派出所警官の現実 『神探亨特張』

文・写真=井上俊彦

2011年には131億元の興行収入を記録するなど躍進を続ける中国映画。大作化、3D化が進む一方で、ローバジェット作品から大ヒットが生まれるなど、目が離せません。また、大都市から地方都市までシネコンの整備もこのところ急速に進んでおり、快適な映画館が増えています。そこで、実際に映画館に足を運び、北京の人たちとともに作品を楽しみ、作品に関連する話題からヒットの背景、観客の反応なども紹介していきます。

ポスター
上海国際映画祭の監督賞作品が地味に公開

夏休み前半の6月末から7月にかけて、外国映画の大作がほとんど上映されなかったことから、ミニブログでは「国産映画保護月間」が実施されているのではとのうわさが流れました。もちろん、国家広播電影電視(ラジオ・映画・テレビ)総局はこれを否定していますが、国産映画の健闘がめざましかったのは事実で、『画皮Ⅱ』が6億8000万元をかせぎ出し国産映画の興行収入記録を塗り替え、『捜索』や『四大名捕』が1億元を突破しました。そして、国産映画の公開は月間30本以上になったようです。このため、週末だけでは見たい映画を見きれません。そんな時に発見したのが、金曜日が半額デーという映画館・北京金宝匯百麗宮影院です。市の中心部にある新しく清潔な映画館で、金曜日の夜に半額で作品を見られるのは魅力です。

この日見たのは、多数の作品にまじって地味に公開された、今年の第15回上海国際映画祭金爵賞・最優秀監督作品(作品自体も作品賞にノミネート)『神探亨特張』。不思議なタイトルですが、中国で1980年代にヒットした米国の刑事ドラマ『神探亨特』(日本でも『刑事ハンター』としてローカル局で放送されたことがある)を下敷きにしているようです。つまり、『刑事ハンター・張』というわけで、安易な低予算刑事コメディーかと思いきや、実話に基づいて派出所に勤務する私服警官の生活を描いた力作でした。正直に言って、ショックを受けました。

双楡樹派出所は中関村東路近くにある。警察や軍関係の施設は撮影すると怒られることがあるので、今回は看板だけでごかんべんを

事件の舞台になる当代商城ショッピングセンター前の歩道橋

主人公である張警官の1日を追う形で、管轄内の街頭をパトロールし、犯罪の現場をビデオ撮影などして証拠をそろえ、現行犯逮捕する私服警官の仕事が紹介されていきます。車上荒らし、当たり屋、スリ、置き引き、つり銭詐欺、霊感商法、引ったくり、小児誘拐、殺人など街頭を舞台にしたさまざまな犯罪が登場してきます。また、捕まった容疑者たちが自分勝手な理屈を堂々と語る様子、容疑者を捕まえた野次馬たちの暴力、分け前をめぐる犯罪グループ内のもめごとなど、衝撃的な場面をこれでもかと見せてくれます。

マイナス・エネルギーにさらされる仕事

急速な経済発展があれば必ず影の部分も生まれるものですが、発展が急速なほど犯罪のパワーも強いのかもしれません。そして、それとまともに向き合うのが現在の中国の警官たちなのです。張警官は実在の人物で、北京市海淀区双楡樹派出所勤務の7年間に1600人を検挙したすご腕私服警官です。作品では、彼の体験に基づく犯罪現場のリアルな再現もさることながら、インタビューを受けて、自分の仕事を「負能量」(マイナス・エネルギー)という言葉で説明するのが強く印象に残りました。警官の仕事は社会のためになるものですが、自分自身は毎日毎日強いマイナス・エネルギーにさらされているという話です。犯罪を通じて人間の嫌な面と毎日向き合わなければならないのですから、持病の喘息も糖尿病も、こうした中で発症したのかもしれません。

同派出所の所轄管内には名門の中国人民大学前なども含まれる

私もよく行くシネコンUME華星前の通りも物語の中に登場する。身近な場所が画面に現れるため、より犯罪のリアリティーを感じる

張警官の生活を取り巻くマイナス・エネルギーを象徴するように、彼をつけまわす男が登場します。夜に自宅を訪ねて来たり、出勤・退勤を電柱の陰からうかがっていたり、不気味な男です。周りの警官が追っ払おうとしたり、時になぐりかかろうとしたりしますが、張警官はそれを押しとどめます。実は、この男は事件の被害者側なのですが、加害者から補償を受けられず、事件を担当した張警官になんとかしろとしつこく迫っているのでした。こんな理不尽なことまで引き受けるのが警官なのかと、がく然とします。

出演者もユニークです。一部にはプロの俳優を使っているものの、メインキャストには編集者、作家、脚本家、翻訳家、デザイナーなどが名を連ねているのです。おそらく、ガオ・チュンシュー監督はドキュメンタリーの雰囲気を強く出すために、観客が顔を知っている著名俳優を使わなかったのでしょう。そういえば、彼は2年前の『西風烈』でも本物の警察官を登場させていました。しかしまあどの警官も犯罪者も個性的で、よくこういう存在感のある人を探して来たなと思ったら、みなブログが人気のネット著名人だそうです。文字による自己表現に優れた人を演技者として起用した試みは大成功と言えるのではないでしょうか。映画を見終わった後、私は電車とバスを乗り継いで帰宅しましたが、その間ずっとかばんをしっかり抱えていましたから(苦笑)。

※今回ご紹介した写真は映画を見た当日ではなく、2日後の日曜日に撮影したものです。土曜日に61年ぶりとなる豪雨に見舞われた北京ですが、これらの写真からもお分かりのように、派出所最寄りの人民大学駅付近は、ほかの市中心部同様特に変わったところはありませんでした。

 

【データ】

神探亨特張 Beijing Blues

監督:ガオ・チュンシュー(高群書)

キャスト:チャン・リーシエン(張立憲)、ニン・ツァイシェン(寧財神)、グー・シャオバイ(顧小白)

時間・ジャンル:90分/ドラマ・サスペンス

公開日:2012年7月20日

 

北京金宝匯百麗宮影院が入る金宝匯のビル。ビルに映画館の大きな看板は出てないが確かに7階にある

有名ブランドばかりが入る高級ショッピングセンター内にあるシネコンは、座席のピッチが広く取られているなど、やはり高級感を大切にしている

 

北京金宝匯百麗宮影院

所在地:北京市区東城区金宝街88号金宝匯7階

電話:010-85221977

アクセス:地下鉄5号線灯市口駅下車徒歩7分、C出口を出て東四南大街を南へ進み金宝街を東に向かうと右手に金宝匯ショッピングセンターが見える

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2012年7月25日

 

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