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「五位一体」で小康社会を

 

中国各地で次第に増えている風力発電所の風車群

「五行思想」(五行説ともいう)という古代中国に端を発する自然哲学があります。「五行」とは、木・火・土・金・水のことで、万物はこの五種類の元素から成り立っているという考え方です。中国には「五」という数によって、ものごとの道理が説かれた時代がありました。

昨年11月に開催された中国共産党第18回全国代表大会(党大会、十八大)で、胡錦濤前総書記は「五位一体」の国家建設を提唱しました。すなわち、「中国の特色ある社会主義の建設の総根拠は社会主義初級段階、総配置は五位一体、総任務は社会主義現代化と中華民族の偉大なる復興の実現である(注1)」と、報告しています。

「エコ」は一家だんらん

「五位一体」の「五」とは、経済、政治、文化、社会、生態(エコロジー)文明を指しています。国家建設の要諦を、五つに総括したところは、ものごとの道理を説いた「五行思想」に相通じる何かを意識させてくれます。新華ネット(2012年11月8日)は、国家建設における「五位」のそれぞれの役割として、経済建設を根本、政治建設を保障、文化建設を霊魂(心)、社会建設を条件、そして生態(エコ)文明建設を基礎とする識者の見解を紹介しています。筆者の独断と偏見ではありますが、「五位」を家庭における「食」に例えてみましょう。「経済」は市場・台所、「政治」は料理人、「文化」は味付け(特に、うま味)、「社会」は食卓、そして、「エコ」は食後の一家だんらんと言えるでしょう。買ってきた食材をおいしく作り、みんなで楽しんで話に花を咲かせて一日を終える、そんなところでしょうか。「五位」のうち、経済建設が最初に来ているのは、経済発展には、そのほかの「四位」の建設を支える役目が与えられているということにほかなりません。手ごろな値段で安全かつ新鮮な食材が入手できる市場がなければ、料理する人の腕の振るいどころもなく、食後の一家だんらんにもならないという道理です。

格差、矛盾の是正に対応

初めは、「三位一体」(経済、政治、文化)でした。これに、「十七大(2007年)」で社会建設が加わり、さらに、昨年11月の「十八大」でエコ文明建設が加わりました。この二つが加わったのは、経済優先で高成長してきた中国において、その対価ともいうべき、例えば、格差拡大、汚職などの経済・社会的矛盾を是正し、さらに、悪化した生態を保全するなどの新たな時代のニーズへの対応策であったといえます。その姿勢は、「十六大(2002年)」以降、中国で強調されてきた「和諧社会」(調和のとれた社会)の建設や「以人為本」(人間本位)の施策に反映されているとみられます。中国では、目下、社会、人民や生活への配慮が国家建設の要諦として強く意識されていることが分かります。

収入倍増を人民に公約

その「五位一体」による国家建設ですが、中国が2020年までに全面的な「小康社会」(注2)を実現する上での布石となることが期待されています。

胡前総書記は、同じ報告の中で「経済の持続的で健全な発展を実現し、経済成長パターンの転換で重大な進展を遂げ、2020年までに国内総生産(GDP)および都市部と農村部の住民一人当たり平均収入を2010年比で倍増させる。人民民主、文化ソフトパワーを著しく強化し、人民の生活水準を全面的に向上させ、資源節約型でエコにやさしい社会の建設で重大な発展を遂げる」と、強調しました。小康社会の実現はこれまでも提起されていましたが、「五位一体」のもとで、GDPと人民一人当たり平均収入の倍増を図るという具体的基準を示し、人民に公約したといってよいでしょう。

倍増には、数字的にみれば、年平均7.0%ほどの成長を維持できるかにかかっています。世界銀行副総裁を務めるなど中国を代表する世界的経済学者である林毅夫氏は、中国は今後20年間は年率8%程度(注3)の経済成長が見込めると発言し、その高めの成長率設定に対し学会などで物議をかもしました。その一方、中国経済の成長率が8%から約5%の水準に「ソフトランディング」するとみる世界の経済学者(注4)も少なくありません。

負の遺産からの脱出図る

小康社会には「五位一体」の幅広い概念が含まれています。経済成長の是非を成長率の高低で測るのではなく、人民がどれほどの満足・幸福感を感じられるかといった「ゆとり指数」をもとにしようということにほかなりません。本誌先月号(昨年12月号)のこの欄で紹介した中国中央テレビ(CCTV)の特別番組が大変な話題となったのも、人民と小康社会までの距離を赤裸々に報じたからでしょう。成長率の高低もさることながら、物価安定、エコ保全、教育機会の拡大、格差是正、社会保障の充実など、成長過程で生じた負の遺産からの脱出がこれまで以上に問題となっていることを、「五位一体」の国家建設が雄弁に物語っていると言えます。

注目される都市化の行方

その実践の舞台は都市であり、その成果の多くが都市化の行方に集約されてくるのではないか、と、筆者は見ています。中国の都市化率(総人口に占める都市住民の比率)は、現在、51.3%ですが、2020年には60%超となるとされます。

昨年12月1日に世界初の高冷地帯(ハルビン—大連間、総延長921キロ)を走る高速鉄道(日本の新幹線に相当)が開通しました。この開通で両地間は6時間以上短縮されたといわれます。都市化推進のための数々のビッグプロジェクト(注5)に加え、多くの改革(戸籍制度の改革など)が進行中です。こうした高速鉄道網に配置による時間的距離の短縮や戸籍など新たな制度改革が都市化に与える影響は少なくないでしょう。

上記報告の中で胡前総書記が強調した、経済の持続的で健全な発展、経済成長パターンの転換は、その多くが「都市化」の行方にかかっているといっても過言ではないでしょう。「五位一体」の国家建設は、今後の都市化をにらんだ発展戦略でもあるわけです。

科学的発展観で一体化へ

さて、冒頭で「五」という数によって、ものごとの道理が説かれた時代があったと記しましたが、中国で人民生活の基本であるとされるのは「衣」「食」「住」「用」「行」(注6)です。ゆとりある生活の実現には、この「五位」が「一体」となることでもあるはずです。

さらに、2003年に胡前総書記が提起した「科学的発展観」が「十八大」で「マルクス・レーニン主義」「毛沢東思想」「鄧小平理論」「三つの代表」と並ぶ党の「行動指針」となりました。科学的発展観は、「五位一体」「小康社会」「和諧社会」「以人為本」などの実現に向けた行動指針であるわけです。「科学的発展観」が入って、党の指導指針も「五位一体」となったということです。

 

注1 訳文は人民ネット日本語版(2012年11月9日)による。
注2 「温飽(衣食足りた段階)社会」の次の段階の社会こと。すなわち、ややゆとりを実感できる社会のこと。単に経済水準ではなく、社会、教育、文化、社会保障、エコなど幅広い概念を含んでいる。
注3 経済協力開発機構(OECD)が2013年から5年間の中国の年平均成長率を8.3%と発表(2012年11月18日)。
注4 例えば、人民ネット(2012年11月2日)に掲載されたロンドン大学チャールズ・グッドハート教授などの予測。
注5 例えば、高速鉄道では、営業運転間近の京広高鉄(北京広州間、12.5時間短縮)など。
注6 「用」とは、消費、分配などを、「行」は外出などを指す(筆者の解釈)。

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2013年1月17日

 

 

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