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「雷鋒に学べ」から50年『青春雷鋒』

文・写真=井上俊彦

ここ数年、興行収入急上昇の勢いは止まらず、ますます多くの作品が公開され、さまざまな話題が生まれている中国映画です。そこで、このコラムでは地元・北京の人々とともに映画館で作品を鑑賞し、新作や映画界の話題を紹介していきます。同時に、そこで見聞きしたものを通して、北京の人々の生活も感じ取っていければという姿勢で映画館通いをしていきますので、お付き合いいただければ幸いです。

映画3本、テレビ番組も多数

3月5日は「雷鋒に学ぶ日」でした。雷鋒とは、ご存じの方も多いかと思いますが、新中国成立初期に中国人民解放軍に所属し、通常の任務以外に休日を返上してまで奉仕活動や募金を行い、人民解放軍における模範兵とされた人物です。

殉職後の1963年3月5日、毛沢東主席が人民日報紙で「雷鋒同志に学ぼう」と呼びかけたことから、3月5日は「雷鋒に学ぶ日」として毎年各種行事が行われるようになりました。特に、今年は「雷鋒に学ぶ日」50周年にあたり、それを記念する各種記念行事が開かれたほか、多くの出版物やテレビ番組も制作されました。映画も一気に3作が公開されましたが、そのうちの1作がこの『青春雷鋒』で、私は3月5日の夜に見に行きました。

日本人にはちょっとピンと来ませんが、中国映画には「主旋律電影」というジャンルがあります。革命の歴史や、国家建設に奮闘する人物を通して愛国精神や国家建設に対する積極的な意識を喚起しようというもので、こうした作品にとって商業的成功は必ずしも重要ではありません。この作品も観客動員はふるわないようですが、熱心な職場や学校がチケットを購入して職員や学生見に行くよう勧める「包場」が行われているようです。私が行った回も、大学生十数人が先生に引率されて来ていました。

この作品では、青年・雷鋒の成長が中心的に描かれています。悲惨な境遇から解放してくれた祖国を愛し、毛沢東を尊敬する純粋な青年が、理想に燃える若者ゆえの性急さからミスも犯しながら自分を見つめ直し、理想の社会に向かって自分の足元からできることを始めていく姿を中心にストーリーが進みます。湖南省出身のため「鳳凰」などの単語の発音がなかなか正確にできずに苦労する様子や、かなわなかった淡い初恋も登場します。つまり、歴史的偉人、英雄として神格化された雷鋒ではなく、失敗もしながら奮闘する普通の若者とししての雷鋒が描かれているのです。

正華影院は駅至近のビル地下にある庶民的なシネコン

火曜日と木曜日が半額デーとサービスも充実しており、いつも地元の人でにぎわっている

このため、会場の学生たちを見ていると、新入りの雷鋒に「オレの服をついでに洗っておけよ」と言う同僚の喬安山に対し、屈託ない表情で「君のそうした考え方は旧社会のもので、毛主席はこう言っているよ…」と指摘する場面では、彼が浮世離れした若者に見えるのか、学生たちからは失笑ももれましたが、雷鋒が自分の目標を見定め実際の行動で理想に踏み出していく感動的なシーンでは、すすり泣きも聞こえてきました。

今、雷鋒が注目される理由

雷鋒はこれまで何度も映画やドラマのテーマになってきました。なかでも、1994年の『離開雷鋒的日子』は、雷鋒死亡事故の原因となった喬安山(リウ・ペイチーが演じました)がその後の人生で直面する事件から、市場主義経済の中で変わってしまった人々の道徳観念を厳しく批判する内容で、作品的にも高い評価を得ました。

駅前では音楽に合わせて「広場舞」と呼ばれるダンスを楽しむ大勢の人たちも見られた

実はここには舞台つきのホールもあり、定期的に相声(日本の漫才に相当する舞台芸)の公演も行われるユニークな映画館だ

今また50周年に雷鋒をテーマにした作品が作られる背景には、やはり社会の変化があると思われます。2年前、広東省で2歳になる子どもがひき逃げされた後、18人もの市民が傍らを素通りしていくビデオ映像が公開され、社会に衝撃を与えました。「中国人の道徳観念はどうなってしまったのだ」という人々の思いが、雷鋒精神を見直そうという機運につながっているのかもしれません。もちろん、『離開雷鋒的日子』からでも15年以上経過していますから、単に道徳観念の発揚を呼びかけるのでは若者たちには伝わらないだろうと、彼らが共感しやすいよう、普通の青年の成長を描く形になったのでしょう。

昨年末に地下鉄10号線が開通し、宋家荘は一躍ターミナル駅になった。市中心部への通勤も便利で、ベッドタウンとしても注目を集めている

その普通人・雷鋒を演じた胡家華は、なかなか力のある目をした好青年でした。気になったので調べてみたら、なんとオランダ生まれの華人で北京電影学院を卒業したばかりの「90後」ということです。解放軍の英雄を外国生まれの俳優が演じるようになったというのも、イマドキの中国っぽい現実と言えそうです。

【データ】

青春雷鋒(Youthful Days)

監督:リウ・イージュン(劉一君)

キャスト:フー・ジャーホア(胡家華)、スン・ジエンチー(孫健淇)、チョン・ダンニー(種丹妮)、ジャン・ジアンシーチン(張江詩琴)

時間・ジャンル: 104分/伝記

公開日:2013年3月4日

 

正華影院

所在地:北京市豊台区政馨園3区B1

電話:010-87688666

アクセス:地下鉄5号線・10号線宋家荘下車、C1口(東北口)を出て東へ50メートル

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2013年3月11日

 

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