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息子を探して14年『失孤』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。

 

実話をベースにした良質なロードムービー

 

「最も長い正月興行」が終わり、映画館は落ち着きを取り戻したように見えます。『シンデレラ』や『キングスマン/シークレット・サービス』といった外国映画が多く上映されてそれぞれ人気を集めていますが、そんな中で国産映画として頑張っているのがアンディ・ラウが主演する『失孤』で、実話をもとに映画化された比較的地味な物語ですが、公開10日で2億元の興行収入を記録しています。

雷沢寛(アンディ・ラウ)は安徽省の農民です。1998年のことですが、妻とともに野良仕事に出ていた際、祖母が目を離したすきに息子の姿が見えなくなりました。彼は、それ以来14年にわたって安徽省から湖北省、福建省の各地をバイクで探しまわっています。ある時、彼は福建省の山道で事故に遭いますが、修理工場の若者曾帥(ジン・ボーラン)が無料で修理を引き受けてくれます。実は彼は4歳の時に誘拐され売られた子どもだったのです。老雷はこの若者の親探しに協力し四川省に向かうことにします。2000キロに及ぶ旅は、ふたりを父と子のように近づけていきますが……。

誘拐された子どもを探す旅と本当の両親を探す旅がひとつになる物語は、一種のロードムービーになっています。中国の南部、中部の美しい田園風景が次々と現れてきますが、観客は風景のように見える人々がそれぞれに苦しみや悲しみを抱えて暮らしていることを理解していきます。

それにしても、バイクに旗を立てて走り、チラシを配って情報を求めるという探し方は、国土が広く人口も多い中国ではほとんど無駄な行為に見えます。しかし、彼は一方でネットを通じて情報提供を呼びかけたりもしています。このあたりが現代的なところで、実際ネットの反応によって曾帥の親探しの有力な情報が寄せられるのです。

 

金融街ではハナモモやモクレンなどさまざまな花が見られ、記念撮影する人も

 

アンディが一途な農村の父親を熱演

アンディ・ラウといえば、日本でもファンの多い元祖イケメン俳優ですが、今回の彼はまったく農民そのものに見えます。色黒メークだけでなく、少し猫背でガニ股、体を左右に揺らすように走る姿は、あのカッコいいアンディとは別人に見えるほどです。彼がドラマチックに悲しみを訴える場面はほとんどなく、ただ息子を探す長い旅で起こる出来事を淡々と受け入れ、バイクを走らせるだけに見えます。ようやく後半になって、曾帥を諭す場面で息子を失った家族がどうなるかを語る言葉が出てきますが、彼はこの旅を続けることが自分が父親であることの証明だとでも考えているようで、胸に迫るものがあります。女性監督(脚本も)が中年男の心理を見事に描いていることにも驚かされます。

一方、ジン・ボーランは好青年をさわやかに演じていますが、やがて誘拐されてきた彼には戸籍がないことが明らかにされます。身分証明書が発行されず大学が受験できないこと、結婚もできないこと、飛行機や列車にさえ乗れないことが語られます。明るい現代的な若者だけに、それらの問題がよりいっそう深刻なものに感じられます。

そして、観客としてはどうしても同じテーマを扱ったピーター・チャン(陳可辛)監督の『親愛的』と比べてしまうのですが、こちらの物語は淡々と進み、『親愛的』とは趣きが大きく違います。そして、ある程度年齢を重ねた男として、私はこの作品の主人公により共感します。『親愛的』のようにハッピーエンドではありませんが、深い悲しみとともに、少しの希望も感じることができました。

 

ショッピングモール前の広場にはくつろぐカップルや親子連れが見られたが、ずいぶん薄着になっている

 

以前は部分的に開業していたシネコンの入る高級ショッピングモールだが、今回訪れてみるとすでに全面的にオープンしていた

首都電影院(金融街店)の入るショッピングモール

 

【データ】

失孤(Lost and Love)

監督:ポン・サンユアン(彭三源)

出演:アンディ・ラウ(劉徳華)、ジン・ボーラン(井柏然)、レオン・カーファイ(梁家輝)、サンドラ・ン(呉君如)

時間・ジャンル: 108分/ドラマ・家族

公開日:2015年3月20日

 

新しく清潔な映画館ロビー。私はここのホールのスクリーンは特に明るく見やすいように感じる 首都電影院(金融街店)は6ホール、約500名収容。金融街という場所がらもあって高級感あふれる映画館だ。同じフロアには若者に人気のおしゃれなレストランなども入っている

 

首都電影院(金融街店)

所在地:西城区金融大街18号金融街ショッピングセンター2期地下1階

電話:010-66086662

アクセス:地下鉄1・2号線復興門駅下車B口を出て金融大街を北へ、徒歩12分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年3月31日

 

 

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