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ヒマラヤを4K映像で『喜馬拉雅天梯』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです

 

登山学校の生徒たちに焦点

 

10月16日、チョモランマ登頂の全過程を4K映像で記録したドキュメンタリー作品が公開されました。と言っても、登山家の挑戦を描いたものではありません。ベテランのドキュメンタリー作家が4年の歳月を費やして作品化したもので、西蔵登山学校の若いガイドたちにフォーカスを当て、彼らが、チョモランマ北壁登頂を目指す登山家をガイドする全過程を追っています。

作品は「客」を案内するチームの選抜の様子から始まります。チーム参加のメンバーは、ベースキャンプ担当から第3キャンプまでいくつかに振り分けられていきますが、選ばれたメンバーには初めてチョモランマに登頂する若者もいて、彼らにとっての山、登山がどんなものか語られます。そして、出発からベースキャンプ設営、登山家たちの到着から頂上アタックへと続いていきます。

作品の見どころは2点、つまり登山学校の生徒たちの登頂を通じての成長と、人間の力を超える自然の脅威と美しさです。ヒマラヤの美しさを描きたいのか、それとも若者の成長なのか、どっちつかずだという評論も見かけましたが、私はむしろどちからに踏み込んでいないところが、この作品の魅力だと感じました。つまり、観客に感じる、考える余地を与えているのです。

あまり個人に踏み込まず、淡々と全体の登山過程を映像で追っています。例えば、ガイドたちの中での脱落者の有無、チーム内での揉め事の有無などは語られません。しかし、何人もの「客」が体調を崩す様子などから、生徒たちがどれだけ過酷な環境下にあるのかが分かる仕掛けになっています。生徒たちが徒歩で登ってきて強風の中で苦労して設営したベースキャンプに、バスで送り届けられる客の登山家たちが、それでも体調を崩すのを見て、ガイド仕事の大変さが分かります。登山家たちはここからスタートですが、ガイドたちはそれまでに一仕事終えているのです。

さらには、高山の極限状態で人々が信仰とどう向き合うのかという点も印象に残りました。ガイドチームは、何をするにつけてもまず宗教的な儀式を行って安全を祈ることから始めるのです。また、世界で最も標高の高い場所にある寺院の僧侶の言葉も印象的でした。一方で、4Kの映像にも本当に素晴らしいものがありました。息苦しいほど青い空、人間を拒否するかのようにそびえる山、そして息をのむほど美しい星空などなどです。なお、作品名は現地の人が「天梯」と呼ぶ青蔵高原の岩壁に描かれたはしごから来ています。このはしごは人の魂を聖地に届けると信じられているそうです。この作品では、少年が大人への階段を上るという意味が込められているように感じました。

西単にある首都電影院が入るショッピングセンター ヒット作が続き、金曜日の夜に多くの観客でにぎわう首都電影院のロビー

 

ドキュメンタリー映画に満員の観客

 

公開初日の夜、西単にある首都電影院の100人以上入るホールは、この日1度しか上映がないとは言え満席でした。実は第一候補は別の映画館だったのですが、そちらはこの日の午後に予約しようとしたところもう満席だったのです。ドキュメンタリーで満員とはちょっと驚きました。私の左隣には若いカップル、右隣は小学生の子どもと父親でした。子どもは上映中ひと言も発せず画面を食い入るように見ていました。ドラマチックな展開もなく、言葉もほとんどがチベット語(プラス普通話字幕)ですから、子どもにはいささか退屈かなとも思ったのですが、どうやら素晴らしい画面にすっかり魅了されたようです。

この作品は、初日でも北京にある映画館の半分弱で1日1回程度上映されているだけでした。夜6時半という“ゴールデン”な時間帯に上映していたのは首都電影院など数えるほどで、ほとんどはサラリーマンが見に行けない時間帯に上映されていました。それでも北京はまだいい方で、地方都市ではそもそも上映されていないところも多かったようです。私は、少数でも熱心なファンのいる映画を専門に上映する映画館がそろそろ必要なのではないかと感じます。

10月23日からは『名探偵コナン 業火の向日葵』が公開される。『STAND BY MEドラえもん』に続くヒットとなるか注目される 中国でもハローウィンはすっかり定着。映画館のロビーにも飾り付けが見られただけでなく、この日は映画館スタッフがマントと帽子姿で接客していた

最後に、今週公開のもう1作について少し紹介させていただきます。『心迷宮』という地味なタイトルで、河南省の農村を舞台にしたスターの出演もない犯罪映画と言われると、ほとんど見る気になりませんが、ネットでの評判がことのほか高いので見に行くことにしたのです。ところが、見終わった瞬間に「いやあ、拾い物だった~」とつぶやくほど楽しめました。前回も犯罪ものを紹介しましたので、今回は詳しくは書きませんが、若い女性のささいなウソが引き起こす偶然と誤解の連鎖を通じて、農村の現実、人の性を浮き上がらせていく手法はまったく見事。見るチャンスがある方はぜひ! と言いたくなる作品でした。

【データ】

喜馬拉雅天梯(Himalaya:Ladder to Paradise)

監督:シャオ・ハン(蕭寒)、リャン・ジュンジエン(梁君健))

出演:ソナムドルジ(索朗多吉)、プルブトンドゥプ(普布噸珠)、ケルサンヤンゾン(格桑央宗)

時間・ジャンル:89分/ドキュメンタリー

公開日:2015年10月16日

 

 

北京首都電影院西単店

所在地:北京市西城区西単北大街131号大悦ショッピングセンター10階

電話:010-66086662

アクセス:地下鉄1・4号線西単駅下車、F1口から西単北大街を北へ徒歩3分

 

このところ流行しているのが、草花や草の芽の形のヘアピン。街角の新聞売店でも売られていた 秋も深まってきた北京では街路樹のイチョウも色づき始めた

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2015年10月23日

 

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