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女性詩人の波乱に満ちた生涯『柳如是』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画はこの10年ほどで大きく成長し巨大産業となりました。この間に上映はフィルムからハードディスクに、映画館は洗練されたシネプレックスに、チケットはスマホ予約に、そして作品も多彩になりました。観客層も映画を見るシチュエーションも変化し、ますます庶民の娯楽として定着してきました。このコラムでは、大ヒット作品、気になる作品をピックアップし、ストーリーのほか、映画にまつわる話題、映画館で見かけたものも含めて紹介していきます。映画を話題に、今中国の民衆の身近でフツーに起きていることをお伝えできればと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。

 

明末清初の江南に生きた実在の人物

4月23日、第7回北京国際映画祭が無事に閉幕しました。日本映画が多数公開され人気を集めるなど、今年もいろいろ話題がありましたが、私はもっぱら比較的小さなホールで国産の「小衆電影」を見て歩きました。そんな中から今回は、明末清初に活躍した女性詩人の波乱に満ちた生涯を描いた『柳如是』をご紹介します。

柳如是(ワン・チエン)は妓楼の女性でしたが、美貌に加えて優れた詩才を持ち、文人の陳子龍(ウィリアム・フォン)などに愛された後、文章家・銭謙益(チン・ハン)の継室となりました。しかし、明末の戦乱は激しさを増し、北京が陥落すると、清軍は南下し彼女たちの暮らす南京に迫ります。銭は、庶民の虐殺を恐れ南京を開城して清に下り、その後清の文官になります。彼女はこれに強く反対し明朝に忠節を尽くすことを主張しますが、結局は彼に従います。ところが彼は清に仕える一方で明朝復興の勢力ともつながりを保ち、それが発覚して逮捕されてしまいます……。

柳如是は妓楼にいる間に詩や書の才能を開花させ、当時の文人たちにも高く評価されたという人物です。特に陳子龍との恋愛関係が知られますが、これは成就しませんでした。その後、銭謙益の継室になりますが、プライドの高い彼女は正妻待遇の結婚式を挙行させ、封建的習俗に慣れ親しんだ当時の民衆からは強く非難されました。この作品はそのあたりもしっかり描き、戦乱の時代に流されるだけの女性ではなかった柳如是という人物に迫っています。

一方、江蘇省常熟出身の銭謙益は明末を代表する文章家で、日本にもなじみの深い鄭成功は彼の教え子でした。映画でもその関係が描かれています。銭は清に降伏しただけでなく、科挙制度を守るために清の文官となったため、二朝に仕えたとして歴史上で長く批判されてきました。最初に批判したのは乾隆帝だそうです。現在は映画でこうした人物を扱うと、愛国者を自認する過激なネチズンから批判されがちで、ネットの映画評ポイントはかなり低く、監督も「売国奴と妓女の物語なんて!」と批判されたそうです。しかし、作品は歴史的事実をかなり忠実になぞりながら、人物の言動には現代的解釈も加え、個人と時代の物語として昇華させており、見事な仕上がりでした。

特に、戦乱の時代に暮らす人々の生き方(あるいは死に方)が興味深く、心に残りました。忠節を尽くし負けることが分かっている戦いに向かう人、後世に汚名を残す覚悟で大切なものを守ろうとする人、愛する人の選択を尊重して従う人……。一つの結論を示すのではなく、多様な選択を見せて観客に判断を委ねるやり方は、中国映画の包容性の高まりを反映しているように感じました。

上映後、北京百老匯電影中心の図書館に場所を移して1時間近いティーチインが行われ、熱心なファンが呉監督(中央)と交流した

全編にあふれる監督の美学

監督は、ドキュメンタリー制作の経験を生かし、歴史ある建物や庭園、明代の衣装や飲食文化、書画などを、細部まで計算された季節感あふれる画面で表現しています。全編に精緻を追求する江南の美があふれ、私にとってはまさに眼福でした。上映後のティーチインでは監督から、撮影には常熟市政府の協力があって外観は本物の古建築が使えたが、室内部分は横店のセットが使われたとの紹介がありました。「外観は本物ですが、人物が中に入るとそこは横店で撮影したものです。すべて本物でというわけにはいかず、自分で見るといささか気まずいものがあります」ということですが、どうしてどうして、不自然さはまったくなく見事なカットに仕上がっています。

さらに監督が語ったところによると、彼は単に古典の美を描こうとしたのではなく、故意に現代に通じる台詞を入れ、現代人に古典の良さを感じてもらうことを意識したそうです。もちろん詩人の話ですから、詩も多数登場してきますが、場面に応じてうまく使われており、中国の古典に詳しくない私のような外国人でも物語にひたることができました。

最後になってしまいましたが、主演のワン・チエンの演技にも「いいね!」を差し上げたいと思います。彼女は1982年生まれで、歌手でもあるそうです。江蘇や浙江ではなく湖南省の出身ですが、ドン・ジエ(董傑)にも似た清潔感と気品がある女優で、昆曲のシーンも見事にこなしています。私には、昨年末公開の『你好瘋子』という舞台劇を映画化した作品での熱演ぶりが印象に残っていましたが、実は『柳如是』の方が先に撮影されたそうです。

北京百老匯電影中心には映画祭のパネルなども飾られ、お祭りムードを盛り上げていた

他の映画の舞台あいさつの様子もご紹介。これは『我心雀躍』(劉紫薇監督)の舞台あいさつ。監督や出演者に加え、サプライズゲストとして田壮壮監督、『唐山大地震』の子役・張子楓らが登場して盛り上げた

こちらは『指甲刀人魔』(関智耀監督)の舞台あいさつ。ヒロインの周冬雨は来なかったが、相手役のジョセフ・チャン(張孝全)や監督が登壇した

 

 

【データ】

柳如是(Liu Ru Shi)

監督:ウー・チー(呉琦)

出演:ワン・チエン(万茜)、チン・ハン(秦漢)、ウィリアム・フォン(馮紹峰)、リン・フォン(凌峰)

時間・ジャンル:108分/伝記・愛情

公開日:2017年4月16日

 

 

北京百老匯電影中心は当代MOMA中央の建物内にある

 

北京百老匯電影中心

所在地:北京市東城区香河園路1号当代MOMAB北区T4座

電話:010-84388258

アクセス:地下鉄2・13号線、空港線東直門駅下車、B口を出て東直門北大街を北進、水路を横切ると右に当代MOMAが見える。徒歩15分。 

 

長い間ご愛読ありがとうございました

さて、個人的なことで恐縮ですが、4月いっぱいで北京を離れ日本に帰国することになりました。北京での7年間に600本を上回る中国映画を劇場鑑賞し、行ったことのある映画館は88カ所になりましたが、私の「北京電影お遍路の旅」はこれでひと区切りです。このため、このコラムは今回が最終回となります。6年余り、164回にわたって、中国映画を地元・北京の観客と一緒に見て(時に観客は私一人ということもありましたが/苦笑)、観客の反応、時々の話題などにも触れながら作品を紹介させていただきました。私自身、作品鑑賞を通じて、いささかなりとも中国理解を深めることができましたし、日本のみなさんと鑑賞体験を共有するこのコラムは、生来の怠け者を映画館に向かわせる大きなモチベーションになりました。お付き合いいただいた皆さんには感謝しております。このコラムを続けていくことはできなくなりましたが、帰国しても中国映画ファンであることは変わりません。中国映画が上映される場所にはひんぱんに出没すると思いますので、この顔を見かけましたらぜひお声がけください。きっと今見終わった作品について、誰かと話したいと思っているはずですので。

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2017年4月24日

 

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