People's China
現在位置: ニュース

中国古典詩学者 葉嘉瑩氏に聞く

「弱徳の美」の発見

 戦乱と別れは葉氏の運命を変えた。だが、精神的な面では、詞に対する理解を深め、現代における古典詩詞の大家となる助けとなった。1948年、葉氏は夫と共に台湾へ渡ったが、50年に夫は冤罪を被って投獄されてしまう。葉氏は1歳にも満たない子どもを抱えて苦労を重ねた。その後、一家は北米に移住。葉氏はミシガン大学やハーバード大学で中国古典文学を教えた後、カナダのバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学で終身教授となった。70年代半ば、長女とその夫が交通事故で亡くなったことは、葉氏に癒えることのない心の傷を残した。「从来天壤有深悲,満腹辛酸説向誰。痛哭吾児躬自悼,一生労瘁竟何為(この世にはいつも深い悲しみがある。心に満ちた辛酸を誰に訴えたらいいのか。わが子のために独り痛哭する。一生の苦労は一体何のためか)」という詩は彼女の本当の心の内を表している。

 「恩師の顧随先生はかつて、『一人の人間は、死ぬ覚悟で生きる限りの人生を事業にささげ、悲観的な態度で楽観的な生活を送るべき』と言われました。私は人生の苦しみや不幸を経験して、この言葉の意味を実感し、そしてさらに広大で恒久な希望と追求の気持ちを持つようになったのです」

 苦難を乗り越えて、現代の詩詞の大家となった葉氏。「詩と詞の心」と古代の「士の心」は通じるものだ。人生の練磨によって、葉氏は現代の「スカートをはいた士」となった。日本人が「わび」「さび」など日本の独特な美意識を総括したように、葉氏は詞から独特な美しさを発見し、それを独自の表現で定義した。

 「外界の強力なプレッシャーにさらされて、自分の感情を遠回しに表現せざるを得ないけれど、束縛の中でも内心には理想に対する追求と自身の品格に対する堅持があり続ける。ここから、詞の美しさの特質に関してより本質的な共通性を導き出すことができます。それはつまり『弱徳の美』です。これは儒家の伝統と通じるものでもあります」

 

 
 1997年にバンクーバーで子どもたちに古典詩を教える葉氏

 

   <   1   2   3   4   >  

同コラムの最新記事
中国古典詩学者 葉嘉瑩氏に聞く
走って満喫@北京
国際的な学者、南中国海仲裁案のいわゆる裁決は法的な意義が全くないとみなす
南中国海仲裁裁判は米国の法廷、地域の平和を脅かす=解放軍少将
日本には南中国海仲裁問題でとやかく言う権利はない