『斬黄袍』

 

蔚県の切り紙『斬黄袍』の趙コンイン(左)と鄭子明

『斬黄袍』は京劇の名作であり、伝統的な演目として長い間上演されている。五代十国(907~960年)、天下は大いに乱れていた。趙コンイン、鄭子明と知り合った柴栄は、『三国志演義』の「桃園結義」の故事にならって天下を取ろうと謀り、3人で義兄弟の契りを結んだ。のちに柴栄は後周(951~960年)の皇帝の位についたが、わずか6年で世を去った。7歳の息子・宗訓が即位した。鄭子明らは趙コンインを皇位につかせようと、趙が酔ったすきに「黄袍(皇帝の服)」を着せ、「天の神様の賜物」であると称した。のちに趙コンインは「陳橋の変」を起こして帝位を奪い、国号を「宋」(960~1279年)と改めた。

 

 趙コンインは帝位につくと、韓竜の妹・韓素梅を妃にし、韓竜を正卿に封じた。そして終日韓宮に耽溺し、政をする気がなくなってしまった。鄭子明は率直に諫言し、非道で愚かであると趙を責めたが、趙の怒りに触れ、捕らえられ投獄された。韓妃とその兄の韓竜は機に乗じて陰謀を企て、皇帝に酒を飲ませて酔わせ、聖旨を騙し取って鄭子明を斬首した。

 

 鄭の無念の死を知った鄭の妻・陶三春は、兵を率いて城下に迫った。酔いから醒めた趙コンインはひどく悔やんだが、もはや遅かった。自ら城門のやぐらの上に登り、陶三春に謝罪した。趙が韓竜の首を斬り、さらに「竜袍」を脱いでそれを陶氏に斬らせると、恨みを晴らした陶氏はようやく兵を引き上げた。(写真・文 魯忠民)

 

 

 
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