中国茶の故郷 四川へ

 

 蒙山茶の茶畑

四川という地名に皆さんはどんなことを感じるでしょうか。三国志や峨眉山、最近では九寨溝、麻婆豆腐などが思い浮かぶと思います。

 

しかし四川は、伝説をのぞけば、記録上最初にお茶が登場したところでもあります。中国茶の歴史を知るうえで、もっとも重要な位置にあるのが四川のお茶といえるのです。日本ではほとんど知られていないこの地方のお茶は、どんなものだったのでしょうか。

 

3000年前に生産始まる

 

『華陽国志・巴志』には、「周の武王は紂を討伐して、巴蜀の国を得た。穀物、家畜、桑、蚕……漆、荼、蜜……などの特産物を献納させた」「庭には香りのある葉がある、それは茶である」「南安(四川省楽山市)と武陽(四川省彭山県)に名茶が出る」という記述があります。

 

このことから、武王は紀元前1066年に紂を討伐した後、茶葉の生産を始めたようです。したがって、約3000年前から巴蜀の地(四川省、重慶市)ではすでに一定規模の茶葉生産が行われ、しかも中央宮廷に高級茶葉を献納していたことが分かります。

呉理真の像 

さらに、清代の顧炎武『日知録』に「秦国が蜀国を滅ぼした後、蜀国の影響で茶を飲む風習が広がった」という記述が見られるので、戦国時代末期、秦国が巴蜀を滅ぼしてから黄河流域が影響を受け、茶を飲む風習が起こったということも分かります。

 

前漢の王褒『僮約』には「茶を煮るのに道具を尽くす」や「武陽で茶を買う」とあり、いかに茶葉が必要であったかが分かります。このころから、茶葉は食料ではなく飲料として日常の必需品となったのです。

 

前漢末期(紀元前52年頃)に甘露寺の普慧禅師(呉理真)が四川省にある蒙山の主峰に植えた茶樹八本は、「高く成長しないし、枯れることもない」といわれ、後世に仙茶と呼ばれました。これが蒙山における製茶の歴史の始まりであるという伝説があります。この伝説では、前漢末に蜀の国に寺があったことになっているのですが、当時仏教は蜀には伝わっていないので、茶を植えた指導者がいたということを後世の人が伝説として語り伝えたと思われます。

 

歴代の皇室が愛飲  

 

龍行十八式のひとつ「驚龍回首(龍驚いて首を回らす)」
 蒙山茶の栽培は前漢から始まり、現在まですでに2000年あまりの歴史があります。唐の元和8年(813)に李吉甫が書いた『元和郡県図志』には「厳道県の蒙山は県の南十里にあり、毎年の献上茶の内で蜀の茶は最高である」という記述があります。

 

毎年の清明節の前に名山の県令が吉日を選び、沐浴礼拝して、正式な服を着て山に登り、山上のお寺の住職に経を読んでもらってから、茶園を開き「皇茶園」で茶葉360枚を摘んで加工します。できあがった茶葉は二つの銀の瓶に保存して都に送り、皇帝はこの貴重なお茶で先祖を祀るのです。同時に蒙山の上清峰、甘露峰、玉女峰、井泉峰、菱角峰にある茶葉を摘み取って、「顆子茶」(丸い粒状にした茶)を作り、18本の錫の瓶に入れて、「陪茶」としていっしょに宮廷に献上します。「蒙山の茶葉はシルクのように軽い、唐代から献上茶は天府(四川省)から送る」と歌われたように、蒙山茶は献上茶として歴代の皇室に愛飲され、その献上茶は千年あまりの歴史があるのです。

 

このように、唐代までは名茶といえば四川のお茶を指していました。私は、1980年以来、四川を60回ほど訪問していますが、蒙山に行くことをいつも楽しみにしています。蒙山の茶館の椅子に腰掛け、遙かに峨眉山を望んで飲む「蒙頂甘露」の味わいは、格別のものです。

訓練に励む茶芸学校の学生たち
 ところで、蒙山での楽しみの一つに、「龍行十八式」(四川省長嘴茶壺茶芸)という茶芸があります。この茶芸は、注ぎ口が一メートル近くもある四川独特の茶壺から様々なスタイルでお湯を注ぐものです。中国武術の型を組み合わせたもので、見ているだけで楽しくなります。

 

この茶芸は近年盛んになったもので、雅安市には専門の茶芸学校もあります。見学させていただいたとき、早朝から基礎体操を行い「龍行十八式」や四川茶芸の訓練に励む学生の多さにびっくりしました。ここの学生は、全世界の茶館に派遣されて茶芸を披露していますから、皆さんも見たことがあるかもしれません。

 

四川の茶は、歴史と伝統に育まれ、現代の茶芸で蘇生したといえるかもしれません。(棚橋篁峰)

 

棚橋篁峰  中国茶文化国際検定協会会長、日中友好漢詩協会理事長、中国西北大学名誉教授。中国茶の国際検定と普及、日中交流に精力的な活動を続ける。

 

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