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チャン・イーモウとコン・リーの『帰来』

文・写真=井上俊彦

 中国映画はこのところ毎年20~30%前後興行成績を伸ばすほどの好調が続いています。洋画に席巻されていた時期を経て、現在は国産映画も人気を集めています。郊外や地方都市にも次々にシネコンがオープンしており、消費文化と密接に関係しながら、庶民の定番娯楽という地位を確立していると言えるでしょう。そこで、実際に映画館に足を運んで、地元北京の人々とともに話題の作品や興味深い作品を鑑賞し、作品のおもしろさだけでなく、映画館で見聞きしたものや関連の話題などもお伝えしていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。 

巨匠チャン・イーモウの新作が先行上映

チャン・イーモウ監督の新作『帰来』は5月16日公開予定ですが、5日前倒しで11日(日)午後3時から各映画館1回限りで上映されました。これは見逃せませんし、これまでのデジタル映画の解像度を向上させた「4K」デジタルシネマ作品だそうですから、新しくて設備も整った北京橙天嘉禾鳳凰城影院がいいかなと思い駆けつけました。いや、この方面の技術はよくわからないのですが……。

この作品は、巨匠の待望の新作ということで早くから話題になっており、私は上映2時間以上前に劇場に駆けつけチケットをゲットしましたが、上映時は案の定満席で、上映ホールにはお年寄りから若者まで幅広い観客が訪れていました。

原作は、グリン・ヤン(厳歌苓)の小説で、同監督は『金陵十三釵』(2012年)でも彼女の作品を取り上げました。物語は、1970年代前半の北方の都市から始まります(北京や天津でロケが行われたようです)。ある日、右派として長く西部地区の農場に送られていた陸焉識が逃亡したとの知らせが、妻の馮婉の元に届きます。焉識は妻に駅で会おうと連絡してきますが、革命バレエの重要な役をもらいたい娘丹丹の密告によって逮捕されてしまいます。数年後、文革が終わり名誉を回復した焉識が戻ってきますが、駅に迎えに来た娘はバレエをやめて紡績工場で働いており、婉とは別に暮らしていました。焉識は家に帰りますが、やっと再会した婉は夫のことを憶えていないのでした……。

映画館のロビーには『帰来』の16日からのロードショー告知看板も見られた

コン・リーの演技に圧倒される

 まず物語について、同じように激動の時代を過ごした市井の人々を描いた同監督の『活きる』(1994年)の再来を期待するとがっかりするかもしれません。あくまで、ストレートな夫婦愛の物語です。ただし、久々にチャン・イーモウ監督と組んだコン・リーの演技には強烈なインパクトがありました。焉識と再会した婉が夫のことを憶えていないらしいことが分かるシーンでは、場内が一斉にざわつきました。病んで、記憶があやふやな人物の混乱、夫の帰りを待ち続けるひたむきさ、過去を振り返るまなざし……、どれも大きな誇張のない演技ながら、圧倒される迫力です。無表情に座っているだけの演技にも、観客は胸を締めつけられる思いになります。上映後に映画館を出る時には、後ろの女性が「コン・リーは老戯骨(ラオシーグー)よねえ」と感心して話す声が聞こえました。これは、素晴らしい演技力を持ち役に全力投球するベテラン俳優のことです。一方、チェン・ダオミンはどこか軽さを感じさせる演技で、観客を笑わせたりリラックスさせたりもしていました。私は、二人の演技は良いバランスだったと思います。

これは他の映画館で撮影したものだが、最近は観客動員に苦戦する映画も出ていると言われ、映画会社もなんとか観客を呼び込もうとさまざまな手を使っているようだ

満員の会場で、私の右隣は60代とおぼしき夫婦連れで、男性の方は上がジャージ姿の普段着(実はこの日は雨で寒く、すでに冬物をしまっていたためだったかも)、左隣は20代のカップルでした。右の男性は、細かな点で当時の自分の体験と違うところがあったようで、小声で不満をもらしたりしていましたが、次第に無口になり、最後の30分は身を乗り出して見ていました。左の若者は最初はポップコーンをバリバリ食べていましたが、物語の中盤からは鼻をかんでばかりいました。幅広い年代の心を打つものがあったようです。観客の反応で特に印象に残ったのは、春節に婉と娘が夫のところに餃子を届ける、セリフもない淡々としたシーンで鼻をすする音があちこちで起ったことです。北京の観客にとって、餃子はただの食べ物ではないようです。

この日は母の日で、地下鉄駅でも告知の看板を見かけた。映画も家族で見られる、母の日にもふさわしい内容だったように感じる

作品については、書きたいことがほかにもたくさんあるのですが、いずれもネタバレになってしまいますのでそれはやめ、画面について触れておきます。この日の上映が4Kの設備で上映されたのかどうかはわからなかったのですが、室内に座る人物の複雑な心理や重ねた年齢を、窓から差し込む光が浮き上がらせていくような、陰影の美しさも印象に残りました。

 

【データ】

帰来(Coming Home)

監督: チャン・イーモウ(張芸謀)

出演: コン・リー(鞏俐)、チェン・ダオミン(陳道明)、チャン・ホイウェン(張慧雯)、イエン・ニー(閻妮)

時間・ジャンル: 111分/愛情・ドラマ

公開日:2014年5月16日

北京橙天嘉禾鳳凰城影院が入る鳳凰匯ショッピングセンターの建物 北京橙天嘉禾鳳凰城影院のチケット売り場

北京橙天嘉禾鳳凰城影院

所在地:北京市朝陽区曙光西里甲5号院鳳凰匯ショッピングセンター3階

電話:010-56383227

アクセス:地下鉄10号線三元橋駅下車、B口正面の建物3階

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年5月12日

 

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